第6件 周りで誰に見られているかわからない

第19話 物販準備

「そういえば、色々話を聞いていて思い出したー!」

八倉巻やぐらまきと一緒に居酒屋の席へ戻ると、酔っぱらった新玉が何か閃いたような表情かおでそう告げる。

「お前、本当に大丈夫か?」

「んー…。話せるくらいは回復したと思うよ」

心配そうな表情かおで問いかけると、新玉ののかは余裕綽々な口調で告げた。

 頬が真っ赤で細目で言われても、説得力ねぇな…

俺はそんな事を考えながら、彼らの話に耳を傾ける。

「新玉。何を思い出したって…?」

ひとまず、何を話したいのかをはっきりさせるために、富士原が新玉に問いかける。

当の彼女は一瞬考え込んだが、すぐに思い出して口を開く。

「あたしとあんたが入った現場で、あったじゃん!うちらスタッフ側もだけど、お客にも色々なっていない連中がいた…舞浜の!」

「あぁ、成程…!」

新玉がその先を口にしようとした瞬間、富士原は彼女が何を言いたかったのかに気が付いたようだ。

「富士原君。もしかして、富士原君とののかちゃんが二人で入った現場での話の事?」

「だな。内容は確か…某アニメイベントのスタッフだったかな…」

八倉巻が富士原に確認すると、彼も腕を組みながらその時の事を思い出す。

「確か、俺と八倉巻が入れなかった時にあった現場だな…。そういえば、どんな現場だったんだ…?」

俺は、内心で思った疑問をそのまま彼らにぶつける。

「羽切君、聞いて!!あの仕事は、業務はボチボチだったけど、諸々で嫌な思いしたから、なかなか忘れられないのよー!」

すると、新玉が話に割り込んでくる。

「まぁ、新玉こいつ台詞ことばは軽く聞くかんじとして…。俺も、思い出した。だから、覚えている範囲で話すよ」

「そうだな…じゃあ、聞かせてくれ」

富士原が酔っぱらった新玉を宥め、話を再開する。

俺と八倉巻は、グラスを片手に、二人の話に聞き入るのであった。



時期としては、9月頃の話だっただろうか。9月上旬の土曜日に、俺――――――富士原ふじはら 成俊なるとしは、ガゴドムスのアルバイトで、この日の現場へ向かうために電車を乗り継いでいた。

「富士原君、おはよー!」

「あぁ…」

そして、乗り換えで通った東京駅にて、新玉ののかと合流をする。

新幹線乗り場の付近で合流予定だったためにその場所で待っていると、彼女が声を出しながら俺の方に駆け寄ってくる。

「今日は確か、羽切と八倉巻がいないんだっけな?」

「そう!…にしても、ガゴドムスの現場で千葉って珍しいよね!」

「お前にとっては、楽しみなバイトなんじゃねぇのか?」

「んーまぁ、五分五分かな!」

俺と新玉は、そんな会話をしながら京葉線のホームへ向かう。

これまではお台場や横浜など東京や神奈川での業務が多かったが、今日これから向かう現場の場所は千葉県の舞浜にある劇場だ。変わった形をしているため、いろんなジャンルのイベントが行われるらしい。今回は某アニメのイベントで、そこにアニメの声優陣が出演するイベントのスタッフらしい。

「まぁ、今回は“ライブ”ではないから、本番中は外で待機しているんだろうな。きっと」

「そうだね!音楽ライブと違って、今回みたいなイベントは抽選に当たった限られた人だけが参加できるイベントだし…うちらみたいなアルバイトは入らせてはくれないだろうね」

歩きながら、俺達は語る。

生粋のアニメオタクである新玉は、こういったアニメのイベントにも何度か行った事があるらしい。ただし、彼女は興味の有無に対する差が激しく、今日行く現場のように、興味がなければ、スタッフとして現場に入る事も全く気にしないらしい。

「今日はもしかしたら、早めに終わるかもね?」

「あぁ…そうだな」

そう語る内に、京葉線のホームへ続く階段までたどり着いた俺達。

電光掲示板を見て、乗る電車が間違っていないかを確認する。そうして、俺達は今日の現場の最寄り駅・舞浜駅へ向かっていくのであった。


「それでは、業務の説明を致します」

運営側あっちのスタッフのこの一言より、業務説明が始まる。

今回の仕事としては、物販での売り子。そして、その後にチケットのもぎりやドアマン等である。そのため、ある程度の基本的な内容は、これまでやってきた現場と同じような説明である。しかし、当日においての連絡事項も、この業務説明の際に伝えられる事が多い。

「実は物販の方ですが…当初は整理券配布を予定していましたが、急遽それを廃止する事になりました。そのため、もし、その情報を知らないお客さんがいたら、そう案内してあげてください」

変更事項について、そういう話をしていた。

現場が終わった後に新玉から聞く事となるが、この“整理券の配布中止”について、物販に行く予定の客たちの間で色々な意見がSNS上で飛び交っていたらしい。具体的な事は聞かなかったが、想像するに、あまり良い話ではないだろう。

 今回だったら、物販の売り子やっても、しんどくなさそうだな…

俺は業務内容の説明を聞きながら、そんな事を考えていた。

説明を受けていた時間帯としては、午前の9時を時計の針が差している。

そうして説明を受けた後、俺と新玉は物販の販売開始場所へと向かうのであった。


 よくもまぁ、色々とあるもんだな…

俺はそんな事を考えながら、段ボールに入っていたものを眺めていた。

説明を受けた後、俺や新玉は物販となる場所へ移動していたのである。最初は屋外でテントでも建てて作業するかと思ったが、実際は屋内なので少し嬉しくも感じていたのである。

因みに俺が眺めていたのが、この後物販にて販売されるイベントのグッズだ。パンフレットや缶バッジ。ラバーキーホルダーなどが段ボールにたくさん入っている。ただし、現段階では段ボールの中身を全部取り出す訳ではなく、段ボールの蓋を開けて中身を確認し、販売時にすぐに取り出せるように、黒ペンでグッズの名称を書きこんでおく作業だ。

ただし、パンフレットのように平たいが大きめなグッズに関しては、売り場のテーブルに何冊か積み上げておく事となっている。

そういったグッズの段ボール整理を男子のアルバイターが行い、売り子をやる女子はレジ代わりに使う機械の練習を行っていた。

 新玉あいつは、機械の扱いも得意とか言っていたし…今日の売り子は、やりやすいかもな…

俺は、説明を聞いている新玉を見ながら、そんな事を考えていたのである。


「しかし、芸能人でもない奴らが載っているパンフなんかを欲しがるなんて…物好きな奴らだよなー!」

「!」

すると、少し離れた所から見知らぬ男子の声が聞こえる。

振り返ると、そこには段ボールの中身を確認する作業の傍ら、見本としてビニールがはがされたイベントのパンフレットを眺めている男子が2・3人いた。遠目から見た様子からすると、彼らが読んでいるページは、アニメのキャストの写真やコメントが載っているページだ。口調から察するに、アニメを普段見ない連中だろう。

運営側あっちのスタッフが今この場にいないのをいい事に、少しサボっているようだ。ただし、他のアルバイターは声をかけにくいのか、見て見ぬふりをしている奴らが多い。というのも、口調からしてガラが悪そうだったため、怖くて近寄れないのだろう。

 俺も、無駄に関わらない方が身のためだな…

そう思った俺は、彼らに背を向けて、作業を再開しようとしたその時だった。

俺の視界にいくつかの顔が映り込んでくる。ちなみに、この会場。イベントが実際に行われるホールの入口と物販のエリアは扉で遮られている訳だが、壁がガラス張りになっているため、外から中が丸見えの構造つくりである。そして、俺が目にした顔というのが―――――物販で欲しい物を買うために、朝早くから並んで待機している女性客だったのだ。

彼女達の視線は明らかに、見本のパンフレットを読んで笑っている男子達に向いている。もちろん、スタッフの男子が話している内容が彼女達には聞こえる事はないが、見本のパンフレットを少し持ち上げているので、何を読んでいるかは手にとるようにわかる。それは、物販が開始される前に、アニメの公式サイトにて販売されるパンフレットの表紙イラストが公開されているからだ。

「新玉…」

俺は、作業をしながら新玉の近くに寄り、背中越しで彼女に話しかける。

「どうしたの…?」

「あれ…やばいんじゃねぇの?」

新玉が自分に対して何があったのかを尋ねてくると、俺は顎で2・3人の男子を差す。

それを目の当たりにした新玉は、目を丸くしていた。俺はアニメやアニメイベントの事は詳しくないからあまり深くは考えていないが、“客”として参加した事がある彼女からすれば、許しがたい光景だったのだろう。

「あれは、確実に客からの反感を買うわね…」

「だが、直接言うのは逆切れされそう…って、新玉!!?」

俺がその先を口にしようとしたが、彼女の行動を見て驚く。

“行動”といっても、何故か彼女は少し離れた場所にいる男子に少し近づき、男子の一人に「こっちに来て」と右手でジェスチャーをするだけであった。

そうして、何故女子のアルバイターに呼ばれたのかがわからない男子アルバイターの青年は、首を傾げながら彼女の元へ駆け出していく。

「外で並んでいるオタク女子達に、見られているよ」

「…マジで!!?」

彼女は小声で、その近づいてきた青年に告げる。

俺は少し離れた場所にいたので声は聞き取れなかったが、彼女から何か言われた男子は、目を丸くして驚いていた。

そうして新玉から離れた青年は、他の青年達の元へ戻ってすぐに事の次第を伝えていたのである。気が付くと、彼らは見本のパンフレットを元の場所に戻し、それぞれの作業を再開していたのである。

「…あいつらに、何て言ったんだ?」

俺は、戻ってきた新玉に問いかける。

「んー?ただ、“外にいる女子達に見られているよ”って、伝えただけだよ?」

すると、新玉は得意げな表情かおでそう述べていた。

それは、「間接的な言い方で自分達がやっている事がどれだけ良くない事かを悟らせた」つもりなのだろうか。

この時彼女が何を考えていたのかは知らないが、相手に逆ギレされる事もなく、その場は収まったのである。


大きなトラブルには発展しなかったものの、「いくら好きで入った現場でないとはいえ、客がいる前で客が嫌がるような行為はしてはいけない」というのを、改めて思い知らされたのである。

そうして準備を終えた後に、イベントの物販が開始されるのであった。

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