第18話 遅めの初詣

そうして、寺社業務の忙しい毎日が続く。

その時にもよるが、正月に自宅で暇を持て余していた年もあったため、早起きはきつくても、こうやって一日かけて奉仕活動(=アルバイト)に勤しむのは、すごく有意義なものだと俺は感じていたのであった。


さて…と、先にお参りするか…!

そう思った俺は、寺社の大山門を潜り抜けていく。

この日は1月5日――――――――――新年迎えて最初の、寺社業務のシフトが入っていない日だった。俺に限った事ではないが、高校生は特に連勤になりすぎないよう、開始前にシフトの希望日を確認し、期間中にシフトの入らない日ができるようにシフトが組まれている。

俺はこの1月5日がお休みだが、野際は昨日の4日が休みだったため、差し札の方にいないという状態だったのだ。高校が始まるのが翌日のために今日が冬休み最終日でもあるが、特に用事のない俺は、遅めの初詣をするために連日通っていた寺社を訪れていたのである。その理由は無論、三が日は寺社業務が連続していたため、初詣に行く暇がなかったからだ。


正面入り口の大山門を潜り抜けると、右手側にお水舎みずや。正面奥には献香所があり、その奥には大本堂が鎮座している。三が日を過ぎたので、1~3日の頃ほど参拝客はいないものの、やはり元々参拝客が多い寺につき、活気に満ち溢れている。また、俺が訪れた時間帯が13時頃というのも大きいだろう。

「焼きそばはいかがですかー!」

そして、左手側には複数の屋台が並び、売り子をやっている中年男性や中年女性の姿が見られる。

そして、屋台で買った食べ物を、どこかに寄りかかったり歩きながら食べている参拝客も少なくはない。一方、後ろを振り返ると、山門をくぐる前に、山門の前で一礼してから中に入っている参拝客ひとを目にする。この時は特に何も考えていなかったが、これは本来、お寺での参拝方法の一つなのだ。当時それを知らなかった俺は、後日に「自分はちゃんと(一礼を)やっていなかったな」と後悔したのである。


水舎みずやで身を清めた後、献香所にてお線香をあげる事になる。俺は偶然、正しいやり方でお線香をあげる事ができたが、実はやってはいけない方法というのがあるらしい。以前に野際から聞いた話によると、蝋燭やお線香の火を先の参拝者の灯明から火を受けると、“業を受ける”と云われていて縁起が悪いらしい。献香所には、先に参拝した参拝客の蝋燭やお線香があるが、その火で自分の線香ものに火をつけてはいけないという事だ。

 正面から見ると…やはり大きいな…!

線香をあげてから、いよいよ本堂へ入る。三が日の頃はこの本堂までの道が人で満杯状態になっており、警備員の腕の見せ所でもあるらしい。この日も、少し混み合ってはいたが、満杯とまではいかず、少し待ってから中へ入る事ができたのである。

そうして中に入って待機していると、奥の方から僧侶が数名現れ、お加持が始まったようだ。俺は、僧侶達が入って来た襖の前に、普段は待機していたんだなと考えながら、お経を読む声に耳を澄ましていたのである。

因みに、お布施(神社でいう所のお賽銭)は本堂に入る前に済ませている状態だ。

俺は熱心な仏教徒ではないにしろ、耳に入ってくるお経の雰囲気が、何か心地よいと感じていたのかもしれない。そのため、お加持の時間はあっという間に過ぎてしまったのである。

 そうだ。折角だし…

他の参拝客が本堂から外へ出る中、俺はある事を思いついたのである。



「只今から、14時の紙をお持ちの方のお護摩をお渡し致します!紙をお持ちの方は、申し込まれた方の氏名に準ずる場所にお並びください!」

奉仕員による台詞ことばにより、待っていた御信徒が一斉に前の方へ押し寄せる事となる。

俺はというと、護摩札を申し込んではいないが、列の最後尾の方で、渡し場の様子を眺めていた。大晦日から4日までの間はずっと奉仕員側の目線で見ていたため、こうやって参拝客の視点で奉仕員かれらを見たらどんな風に見えるのかについて、興味を持ったためである。後ろから眺めているだけなので彼らの手元は見えないが、護摩札を受付した際に受け取っている紙を見て、後ろにある棚に立てかけてある護摩札から必死に探し出している姿が垣間見えたのである。

「こちらは、粗品となります」

奉仕員が札を渡す際、このように言いながら渡す場合もある。

護摩札と一緒に粗品を受け取る場合は、お護摩だと5千円・1万円。あとは大護摩を申し込んだ御信徒ひとにのみ渡されるのだ。また、相場としてはやはり、個人では3千円や5千円の護摩札を申し込む人が多く、5千円や1万円の護摩札を申し込む人は、個人ではなくて法人や団体の場合が多いらしい。

俺は受け取った後にその場を後にする人達を見送りながら、その場で立ち尽くしていた。

 企業名とかは、絶対に間違えたら怒られそうだな…

俺はそんな事を考えていた。

因みに、厄除けは個人で申し込む場合もあれば、法人で申し込む場合も多い。そのため、願意の下に書かれる氏名が企業名の場合、漢字のミスなどで訂正が入っては企業側も困るだろう。俺自身は寺社業務中に法人の参拝客には出くわさなかったが、今日訪れていた参拝客ひとたちの中には、一見して複数の会社員で来ていると思われる団体も目にしていたのである。

そうして俺は、長居は怪しまれると思い、護摩札の渡し場から離れることにしたのである。


複数の屋台の周辺や信徒会館を抜けて歩いていくと、端っこには門があり、その周囲が広場となっている。今は参拝客の憩いの場となっているようだが、月日によっては、ここで何かしらの催しが行われる場合もあるらしい。また、時折すれ違う男女。当時の俺はまだ恋愛経験が豊富ではなかったため、カップルのように手を繋いだりして歩く事なんかにも少しだけ憧れを持っていたのである。

 姫岡先輩と一緒に、屋台とか回れたら面白いだろうな…

俺は、複数のカップルを見ながら、そんな妄想を繰り広げていた。

そして、折角来たので、屋台で何か買ってから帰ろうと思い、複数の屋台がある方角へと足を進めていく。

「あれ…?」

考え事をしながら歩いていた俺は、不意にある人物が視界に入ってくる。

黒髪で結ばず下ろした髪型に、コートを羽織りショートブーツを履いている女子大生くらいの女性―――――――――まさに、俺が先程妄想していた・姫岡先輩ご本人だった。

 そういえば、先輩も今日。俺と同じで、休みだったはず…

本人を目撃した時に、彼女も今日が非番である事を思い出す。

 先輩もここ数日は連勤だったし…寺社ここに来ているって事は、俺と同じで遅い初詣にも来たのだろうか…?

俺は、そんな事を考えていた。

いずれにせよ、周囲を見渡しているだけの彼女はまだ一人。挨拶くらいはしていこうと思い、足を進めようとしたが…一人の人物の登場によって、足がすくんでしまう。

それは、屋台で買ったフランクフルトを両手に持つ青年で、俺より2・3歳くらい上と思われる。そして、青年からフランクフルトを受け取った先輩は、美味しそうに頬張りながら、青年の手を繋いだ。

 あのつなぎ方は…

当の二人は俺の方に背を向けて歩き出していたが、その際に彼らの手のつなぎ方が、女性の左手と男性の右手が絡みついた、恋人通しのつなぎ方だったのである。

その光景を目の当たりにした途端、一瞬だけ息が詰まったような心地がした。言葉では言い表せない感情がこみあげたようだ。

そして、それによって何だか物凄い脱力感が俺を襲っていたのである。

 帰るか…

そう思った俺は、結局は屋台で何も買わずに、門がある方まで足を進めていくのであった。


そうして、年末~1月上旬辺りまでの日数を寺社業務で過ごし、高校生最後の冬休みを終えたのである。寺社業務がアルバイトデビューであった訳だが、自覚のある失恋も、この時が初めてだったのである。



「まぁ、そんな訳で…先輩には男がいて、高校三年だった俺は、失恋デビューもしたって事だな」

その台詞ことばを以って、俺の寺社業務の話は幕を閉じる。

八倉巻や富士原は真剣に聞いてくれていたが、酔っぱらっていた新玉は目が細くなり、今にも寝てしまいそうな勢いだった。

「あははは!どんまい、羽切くぅーん!」

新玉は、そう言いながら拍手をしてくれていたが、話を全部聞いていたのかは微妙な所だ。

「因みに…」

すると、今度はずっと黙ったままだった八倉巻が口を開く。

「その姫岡先輩が屋台で一緒だった男性ひと…って、武道館でのライブスタッフのとにも…?」

「あー…いたが、全然違うやつだった気がする」

「…成程な」

八倉巻は言いにくそうな口調をしてはいるが、真っ直ぐ俺のを見ていたため、俺も武道館で遭遇した時の事を思い返す事ができたのである。

また、俺の返答を聞いた富士原が、何やら納得したような表情かおをしていた。

 まぁ、高3時の段階で諦めてはいたが…まさか、大学在学時あのときに遭遇するなんて、思いもよらなかったよな…

俺は、ビールジョッキを片手に持ちながら、一人考え事をしていたのである。


「でもでもー、そういう事があったから、今はこうやって良い感じになってきたんじゃないのー?」

「の…ののかちゃん…!」

すると突然、酔っぱらった新玉が口にした意味深な台詞ことばによって、八倉巻が困惑していた。

「おい。お前、明日は朝遅いからって…そろそろ帰って寝た方がいいんじゃねぇのか?」

「んー…まだいけるよ~!」

心配そうな口調で富士原が身を起こそうとするが、新玉はフラフラな状態の中で“まだ大丈夫”と言い張っていたのである。

因みに、現在いまの俺達だと、富士原と新玉がつきあっている事になっている。富士原は「そんなつもりはない」とか言い張っているものの、こうやって世話を焼いている辺り、はたから見ればカップルにしか見えないと思われる。

 実際はかなり酔っているだろうけど…新玉は、酒癖も結構悪いしなぁ…

俺は、彼らのやり取りを見ながら、大きくため息をついていた。


「あ…。大丈夫なんですね!わかりました。ありがとうございます!」

気が付くと、八倉巻が廊下で飲み屋の店員と何か話をしていたようだった。

「店員に何か言ったのか?」

「…羽切君!」

俺が彼女に声をかけると、八倉巻はすぐに振り返ってくれたのである。

「ののかちゃん、あの状態だとまだ帰る気ないだろうし…送迎タクシー呼んでもらえるか確認したのと、今日は混雑している訳ではないので、2時間超えてもいて大丈夫なのを確認していたの!」

「成程…!」

俺は彼女が店員と話していた理由を聞いて、その場で納得していた。

日にちにもよるかもしれないが、居酒屋で予約なしで入った場合、混雑時は2時間などの決まった時間から延長は難しい。しかし、この日は幸い大混雑ではないらしく、ラストオーダーの時間までいても問題ないらしい。

「新玉もまだ帰る気ないようだし…。せっかくの飲み放題だから、ソフトドリンクでも何でも飲んで、もう少しのんびりするか!」

「うん!」

俺がそう言うと、八倉巻は満面の笑みで応えてくれた。

そうして俺と八倉巻は富士原や新玉がいる、自分達の座席に戻る。そして、世間話を含め、またこれまでのアルバイト話をもう少しだけ振り返る事にしたのである。

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