第5.5件 参拝客の裏ではバタバタしている、寺社業務
第15話 大掃除
「かんぱーい!!」
グラスを片手に、俺達4人は酒を飲み始める。
サラダや揚げ物。おつまみがテーブルに並ぶ中、談笑する。ガゴドムスの花見も終えて飲み屋に来た俺達4人は、酒を飲みながら昼間の話の続きをする事になる。
「羽切君、お願ーい!さっき、聞きそびれた話を聞きたいなぁ…!」
頬が赤くなった新玉が、目を細めながら俺を見つめていた。
「新玉…お前、たくさん飲むのに酒に弱いという部類か」
酔っ払っている彼女の横で、富士原がため息交じりで呟く。
どうやら、この4人の中でだとお酒が弱いのは新玉だけで、俺や富士原。そして、八倉巻は頬が一切赤くならずに平然としていた。
「羽切君、無理する事はないと思うよ?」
俺がどうしようか迷っていると、心配そうな
…まぁ、就職活動していた頃は忙しくて忘れていたのもあるし…別にいいか
そう思った俺は、閉じていた口を開いて話し出す。
「新玉が想像するような、素敵な
「さーんせーい!!」
俺が3人も見回すと、酔っ払った新玉が真っ先に反応していた。
「因みに、その姫岡先輩…とやらは、何処で出会ったんだ?」
「あぁ。最初に会ったのは勿論、高校だが…話すようになったのは、短期で入っていたアルバイト先かな」
「えっ!!?」
富士原の問いかけに答えると、八倉巻と一緒になって驚いていた。
富士原はともかく、八倉巻は”短期のアルバイト”の存在をあまり知らないからだろう。
「正月休み限定のアルバイト…か。当時は高校生だったから、ガゴドムスやりだした時よりは多くシフトが入れられていた訳ではないが…」
「短期か…。アルバイトといえば、ウェイトレスとかコンビニ店員みたいに、平日や休日にやる
俺が話していると、不意に八倉巻が呟く。
やっぱり、短期のアルバイトは知らないよな…
そんな事を考えながら、俺は話を続ける。
「正月になると、初詣とかに行ったりするだろ?俺がやっていた短期のアルバイトは、そういった寺社での奉仕員なんだ」
「奉仕…員…?」
予想通りの反応だが、酔っ払っている新玉も含め、皆が首をかしげていた。
「まぁ、直接的な意味では”ボランティア”を指すが、俺が通っていた
「へぇー…」
俺が説明していると、酔っ払っている新玉が反応していた。
少しは話が聞ける状態に戻ったのかもしれない。
あれから、5年くらい経っているんだなぁ…
俺は、当時の事を振り返りながら、先輩と仲良くなるきっかけとなった寺社アルバイトの事を話すこととなる。
俺が高校3年だった頃―――――――指定校推薦によって大学が早く決まり、正月も暇だった事から、縁あってとある寺社の冬限定の奉仕員をやる事になったのだ。というのも、高校の
「人が多いな…!!!」
俺は、大広間のような場所にいる人だかりを見て驚いていた。
「まぁな。百人以上はいるはずだから、結構な人数だよな!」
俺が驚いている側で、一緒に応募した友達―――――
この日は12月31日の午前中で、寺社での短期アルバイトの初日という事になる。初日には全部署の奉仕員が一同に集まり、職員からの挨拶等があった後、それぞれの部署に分かれて移動する事となる。
「さし札は…あそこか!」
野極が周囲を見渡していると、自分達が集まるべき場所を発見する。
奉仕員だけで100人以上はいるため、それぞれの部署ごとに集まって座る事となっている。因みに、偶然かどうかはわからないが、俺と彼は同じ部署で仕事をする事となっている。
自分達の部署の位置にたどり着いた後は、朝礼が始まるまで待機となる。
いろんな部署があるんだなぁ…!
俺は、周囲を見渡しながら、部署の種類に関心していた。
今回奉仕員として訪れている場所は、真言宗・
「あ…やっぱり、うちの
「…知っている奴がいたのか?」
「まぁな…!」
周囲を見渡す野極に対し、俺は問いかける。
すると、彼は一呼吸置いてから答えてくれたのである。
「あれ…もしかして、羽切君!!?」
「えっ…!?」
すると突然、俺の前方で少し高めな女性の声が聞こえてくる。
思わず顔をあげると、黒髪で髪を一つにまとめた女性が立っていた。
「姫岡先輩…!!?」
その人物が誰か気づいた時、俺は目を見開いて踊りいていた。
彼女―――――
「もしかして、先輩も差し札ですか…?」
「そうなの!よろしくね…!」
「は…はぁ…」
彼女は元気に挨拶してくれたが、俺は複雑な
部活の先輩とはいえ、在学時はあまり話したことなかったんだよなぁ…
俺は、内心でそんな事を考えていた。
というのも、今は普通に会話をしていたが、先輩が在学中は、あまり部活では会話をした事なかったのだ。そのため、すごく仲が良い訳でもなく、挨拶をする程度の
「二人とも…そろそろ、朝礼が始まるぜ!」
職員が現れたことで始まりそうなのを悟った
初日となるこの日は、まだ実際の業務はまだやらない事になっている。それでも、年末といえるこの日に全員が出てきたのは、境内の大掃除を行うためであった。
「この掃除機、小学校の頃にもあったよなぁ…」
俺は、掃除機を動かしながら独り言を呟いていた。
この寺社では、初日は大掃除をするのが通例であり、業務の説明等も併せて行われるため、”なるべくこの日はシフトを入れてほしい”と、事前に通達がでていたのである。だからこそ、境内にある信徒会館の一室に、100人を超える奉仕員が集まっていたのである。
因みに、俺達が属している”差し札”とは、お護摩札の願意や御信徒(=お参りする人のこと)の氏名が記載された紙をお護摩札に差し込む仕事をする部署の総称である。
今の現状としては、俺を含む男子数名が掃除機をかけ、女子や他の奴等が雑巾で水拭きをしている。掃除をする領域は勿論、部署ごとに決められているために、自分達の担当している場所以外を掃除する事は、今のところないようだ。
「掃除機、終わりました!」
作業場などの一通りの場所を終えた俺は、差し札担当の職員に声をかける。
「ありがとうございます。では、君も雑巾を絞って水拭きに加わってください」
「わかりました!」
次の指示をもらった俺は、雑巾を受け取るために、洗い場へと赴く。
「これ、1枚使っても大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ」
洗い場には、姫岡先輩と先輩の友人らしき女子が大量の雑巾を洗って絞っていた。
建物内は広いため、最初は何処にいるのかと思ったが、この場所ならば気がつかないはずだと、俺は心の中で納得していた。
「ありがとうございます!」
洗い終わって絞ってある雑巾を手にした俺は、先輩たちに礼を述べてからその場を去る。
「…知り合い?」
手を動かしながら、先輩の友人が本人に問う。
「うん。高校時代の後輩…だね」
「ふーん…あんたって、意外と面食いなのね」
「はい!?」
友人の
当然の事ながら、この会話の内容を、俺が知るはずもないのであった。
「お…
俺が雑巾がけする場所にたどり着くと、そこには
ただし、他の奉仕員もいる関係で、それ以降は黙って作業をする事となる。
ここで、護摩札を渡すのか…
俺は、手を動かしながら考えていた。
今いるこの場所は、木でできた物を置く場所があったりとカウンターみたいな形をしているが、御信徒にお護摩を渡す場所である。今は引き戸で完全に閉じられた状態になっているが、ある決まった時間になるとそこを開け、並んでいる御信徒にお護摩を渡す事になる。
また、一度経験している
どうやら、この棚に護摩札を並べるんだろうな…
俺は、雑巾がけする中で、巨大な棚のようなものを拭きながら考える。
実際もそのとおりであり、御信徒側から見て左端から五十音順に護摩札を並べて設置している。そして、護摩札渡しをする奉仕員は、御信徒が札を申し込んだ際に受け取った紙を見せて、そこから該当する札を探し出すという作業手順となっているのだ。
「さて、そろそろお昼休みになるから、作業場に戻ろうぜ!」
「おう!そうだな…!」
野極に声をかけられた事で、俺は我に返る。
気がつくと、時計の針は11:50を指していた。ここでのお昼休みは、11:50分から開始となる。また、この寺社は日当制のため、シフトを入れた際は終日拘束される事となる。そのため、昼ごはんが支給されるらしく、野極が言うにはとても美味しいらしい。
どんな
俺は、期待に胸を膨らませながら、野極と共に作業場へ戻るのであった。
そうして、この短期アルバイトにおける初日は大掃除だけで終わる。
また、初日という事で、あまり忙しくなくて楽な第一印象を俺は受けたが――――――翌日の元旦以降は、怒涛の忙しさになるのを、この時の俺は、知る由もなかったのである。
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