第14話 勘違いと逆恨み

「次にやった場合は、派遣会社の方に連絡しますからね」

俺は全部を聞き取れなかったが、何やら言い合いをしている声が少し離れた場所から聞こえていた。

あれから、休憩時間が終わって作業場に戻った俺は無論、再び作業に入る。そして、作業を開始してから20分くらい経過した頃に、一人のアルバイターが職員に呼ばれるのを目にしていた。

 あいつ…

職員に呼び出されて歩き出した青年の顔を見た時、そいつは休憩時間中に目撃した青年のだと気が付く。実際にどこまで訊かれる。もしくは言われたのかは知らないが、その後作業場に戻ってきた青年の表情かおは、疲れている表情かおだった。おそらくは、缶ジュースを持ち帰ろうとしていたのが知られてしまい、同時に入ってはいけない場所に行ってしまった事も気が付かれてしまったのだろう。

 まぁ、それは自業自得だな…

俺は、視線をギフトボックスに落とし、作業をしながら思った。一方でその青年は作業に戻ると、ふてくされたように頬を膨らませながら、黙々と作業を再開する。その表情かおこそ、まさに反省の色が全くない証拠だ。

「!」

その時、俺は視線を感じたと思って一度作業を止め、顔をあげる。

すると、先程の青年が、眉間にしわを寄せた状態で、俺の方を睨み付けていたのだ。当然だが、他のアルバイター達は、黙々と自分の業務をやっているため、彼が誰かを睨み付けているのを見ている事はほとんどない。

 関わると面倒くさいから、無視するに限るな…

相手の視線に気が付いたものの、俺は何もなかったかのように視線をギフトボックス東京・武蔵野ブルワリーに向けることで、作業を再開する。

 もっぱら、「目撃者おれが職員に密告した」といった具合で、勘違いと逆恨みしているだけだろうな…

そんな事を考えながら、午後の作業を続けるのであった。


そして、業務終了後――――――――行きと同様、帰りも最寄り駅まで歩いていく事にした俺は、現場の工場を出て、来た道を戻り始める。

 女子がシャトルバスを利用した理由が、少し理解わかった気がする…

俺は、歩きながらそんな事を考えいていた。

というのも、工場周辺は明るいがひとたび離れると、街灯がなくて真っ暗なのだ。無論、住宅地があるという事で、家々の灯りはついてはいたが、俺が歩く道路とは少し離れた場所に当たる。時計の針が17:45を指していたため、こんな人気もなく暗い場所を歩いて帰るのは、普通の女子ならば気が引けるだろう。そのため、今歩いているのは、せいぜい男子くらいだろう。

雑音が消せる機能をオフにした状態で音楽プレイヤーを聴きながら、俺は歩く。すると、次第に横断歩道が見えてくるのである。その横断歩道は線路下ならぬ、国道下にある横断歩道のため、車による騒音が工場近辺より激しい。

 うっせーよな…

俺は、仕方のない事とはいえ、騒音が激しい事に対し、軽い苛立ちを覚えていた。

そして、歩行者信号は赤になっていたため、歩道と車道の境目辺りに立ち止まる。また、その直後に数人が横や後ろから現れたため、おそらくは同じ現場にいたアルバイターだろうと思っていた時だった。


「だっ…!?」

突然、後ろから押された事で、俺は驚きの声をあげる。

そして、押し出された事で体勢が前かがみになった俺は、気が付くと車道のど真ん中にいた。

「っ…!!?」

何が起きたのかを把握する暇もなく、俺の視界に、眩しい光が入ってくる。

それが車のライトによるものだと気が付いた刹那、俺は無意識に体を動かしていたという事になる。

「痛っ…!!」

その後、俺は地面に尻もちをついて座り込んでいた。

ほんの一瞬の出来事だったが、どうやら自分は咄嗟に前かがみに倒れこんだ事で、横断歩道の渡った先に転がり込む事ができたようだ。おそらく、この横断歩道の車道が狭かったからできた芸当かもしれない。あまりに突然の出来事だったため、事態を把握できず、俺の心臓は強く脈打っていた。

「兄ちゃん、大丈夫かい!!?」

すると、40~50代くらいの中年男性が車から出て着た事で、俺は我に返る。

「あ…はい…」

俺は、呆けたような表情かおをしながら、答える。

視線を車道に向けると、中年男性が乗っていたと思われる車が急停車したような形で止まっていて、向いの歩道には歩行者を含め、人が集まりだしていた。

 しりもちついただけ…だよな…

俺は、手を差し伸べてもらってから立ち上がった後、自分の体がどこか打撲になっていないか確認していた。

 よかった…

また、手に怪我を負ってないかみたが、両手共に大きな傷はない。それによって、俺は安堵の表情をする。もう辞めてしまってはいるものの、ギタリストにとって指は命のように大事な部位。昔から、手に傷を負わないようには気を付けていたので、今回の一件では特に憤りを感じる事もなかった。

「ぶつかった感触はなかったから、大丈夫だとは思うが…一応、救急車を呼ぶか?」

「は!?」

その後、中年男性の提案を聞いた俺は、驚く。

実質、少し痛みを感じるのは尻だけなので、自分としては救急車で運ばれるほどではない―――――――そんな事を考えていた。

「念のため、病院で診てもらった方がいいと思うよ。後から痛みが現れる場合も多いだろうし…」

「あんたは…!」

後ろから聞き覚えのある声を聞いて、俺は振り返る。

その先にいたのは、先程まで作業していた現場の男性職員だった。また、俺らに業務内容を口頭で説明してくれた職員ひとでもある。

俺はどう答えるべきか迷い、視線が泳いでしまう。そして、不意にドライバーの中年男性と目が合った際、向うは首を縦に何度か頷いていた。

「じゃあ、念のため…杞憂だとは思いますが…」

「わかったぜ、兄ちゃん」

俺がそう答えると、すぐに中年男性は、ポケットに入れていた携帯電話を取り出す。

「いずれにせよ、君を車道に押し出した犯人は、すぐに捕まると思うよ」

「え…?」

電話をかけている途中、男性職員が違う方向見ながら呟いていたが、俺は最後まで聞き取る事ができなくなった。

その後、ドライバーが呼んでくれた救急車がすぐに到着し、俺は近くの病院へ運ばれる事となる。

 大した怪我をしていないのに救急車乗るとは…最初で最後の経験かもな…

俺は、唯一痛みの感じる尻を抑えながら、そんな事を考えていたのである。


病院に運ばれた俺は、医師による診察を受ける。案の定、尻部分が打撲になっているだけで、他に接触箇所や怪我は見当たらず、その日のうちに帰宅を許される事になった。

また、後日判明したのだが――――――――――俺を後ろから押し出し、事故に見せかけて大けがさせようとした犯人は、昼間にジュースを勝手に持ち帰ろうとして注意を受けた、アルバイターの青年だった。

始めは犯行を否定していたが、あの日に会った職員や周りの目撃情報もあった事で、容疑を認めたらしい。その理由はやはり、缶ジュースの一件における勘違いと逆恨みらしい。どうやら青年が、睨み付けた時に無視された事から「キレて」しまい、犯行に及んだという。何はともあれ、ちょっとした事が、大惨事の引き金になる事もあるのを、身をもって俺は味わったのである。



「その後、犯人そいつの両親が、本人と一緒に俺のアパートまで謝罪に来ていたな…」

富士原は、その台詞ことばを以って、”飲料メーカーの工場での仕事“の話を終わらせたのである。

それを聞いた私――――――新玉ののかや、羽切君と奈緒美ちゃんも呆気にとられていた。

「富士原、よく無事だったな…」

「というか、その青年バカに対して、憤りは感じなかったの??」

話を聞き終えた羽切君や私は、口々に思った事を述べていた。

すると、富士原の視線が一瞬だけ私と合い、何故か私は少し驚いていたのである。

「んー…。まぁ確かに、その時の一件で指をやられていたら、ブチ切れていたかもしれねぇが…。まぁ、尻もちついただけだし、結果的に大けがしてないから…別に怒りはねぇな」

彼は、普段通りの口調でそう述べていたのである。

富士原君が昔、ギターをやっていたのは知っているが、元プレイヤーならば指を気にするのはわかる気がした。友達でもバンドをやっている子がいるが、その子も指は怪我しないよう日頃から気を付けているというのを聞いた事がある。

「あとは、目撃者の面子に恵まれていたかもな。近年だと、赤の他人が事故に遭おうが知らぬ存ぜぬを通す奴は、少なからずいるだろうしな…」

一方で、富士原君はため息交じりで今のような台詞ことばを口にしていた。

 確かに…

私は、その場では黙って頷いていたが、内心では彼の台詞ことばに同調していたのである。


そうしてガゴドムス主催の花見は終わり、ほとんど流れ解散という形で、アルバイター達は四方八方に散っていく。

「ねぇ!皆はこの後、予定はある…?」

不意に、奈緒美ちゃんが私達3人に声をかけてくる。

全員がその場で一瞬考えるが、答えはすぐに出る。

「いや、帰るだけだな」

「俺も!」

「私も、急ぎの用事はないよー!」

富士原君や羽切君。そして、私が口々に答える。

「じゃあさ、久々に会ったんだし…もう1軒行かない?」

「私は別にいいけど…奈緒美ちゃんは大丈夫なの?」

彼女の提案を聞いた私は、少し挙動不審になりながら問い返す。

というのも、彼女はちゃんとした良家の子女。今現在、時計の針は18時頃なので大学生がこれから飲みに行くには問題ない時間帯だが、彼女は違う。門限などは厳しくはないのか――――――そう付け足そうとしたが、奈緒美ちゃんは、私が何を言いたかったのか悟ったらしく、満面の笑みを浮かべながら答える。

「門限の事なら、大丈夫だよ!あれから私、独り暮らしを始めたから!」

「え!!?」

それを聞いた私達3人は、目を見開いて驚く。

 アルバイトのデビューが割と遅めではあったけど、いつの間に色々と独り立ちしていたんだ…!

私は、本人には悪いとは思いつつも、内心でそんな事を考えていた。

「八倉巻が大丈夫なら…駅前のお店でも探してみるか?」

「そうだな。行こうぜ!」

“18時すぎても問題ない”事を確認できた富士原君がそう口にすると、羽切君や私は同意する。

こうして、花見での振り返りトークは一旦幕を閉じるが、飲み屋に行く事で、再びいろんな話題が飛び交い始める事となる。

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