第5件 郊外にある飲料メーカーの工場

第13話 黙々と作業するアルバイター達

「その時、俺は高校時代の先輩に再会したんだ」

俺は話の締めくくりとして、今のような台詞ことばを3人に告げる。

ガゴドムス主催の花見にて、1年前の事を振り返っていた俺達4人。俺にとっては最初だった展示会や、ライブハウス。ファッションイベントや、武道館でのライブスタッフ。振り返ってみて改めて思ったのは、業界関係なくいろんなイベントのスタッフをこの1年間やってきたという事だ。

「もしかして、羽切君。その先輩と、素敵な瞬間ときでもあったんじゃないのー??」

「の…ののかちゃん…!」

すると、意地悪そうな笑みを浮かべた新玉が顔を突き出し、それを聞いた八倉巻が彼女を止めようと困惑していた。

 本当、いろいろとつっこんでくるのが好きだよなー…

俺は”相変わらずだな“と思いながら、ため息をついていた。

「そういえば、富士原君!」

「なんだ?」

すると、何かを思いついたのか、八倉巻が富士原に声をかけていた。

「富士原君って、ガゴドムス以外でも登録制のアルバイトやっていたんだよね?」

「そうだけど…」

「もしよかったら、どんな現場があったか可能な限り教えてほしいなーと思って!」

「!!」

八倉巻の問いかけに対して最初はけだるそうに答えていた富士原だったが、その本来の目的を理解したのか、目を丸くしていた。

そして、少しだけ腕を組んだ後、再び口を開く。

「いろいろやっていたからうろ覚えだったりもするが…一つくらいだったら、話せそうな事がありそうだな」

「へー?それは是非、聞きたいな♪」

富士原がそう述べると、新玉が食いついたようだった。

二人が話しているさ中、俺に視線を向けた八倉巻が、優しく微笑んでくれていた。

 そっか…サンキューな…

その笑顔を見た俺は、彼女が俺のではなく他の話題を切り出してくれた事に気が付き、心の中で礼を告げた。

「あれは…去年の10月頃の話だったな…」

気が付くと、富士原が話を始めようとしていた。

それを皮切りに、俺達は彼がガゴドムス以外で登録している派遣会社での話を聞く事となる。



秋本番を迎えた10月頃、俺――――富士原ふじはら 成俊なるとしはこの日、ガゴドムス以外で登録している派遣会社ところの現場で、某ビールメーカーの工場に向かっていた。展示会やライブイベントの現場の際は、割と駅から徒歩圏内で行ける場合が多いが、今日行くところも含め、もう一つの派遣会社で行く現場は、こういった郊外である場合も多い。

 “徒歩15分”って書かれていたが、実際は20分近くかかりそうだな…

携帯電話のGPS機能を使った地図を眺めながら、俺はそんな事を考えていた。実は、これから向かう現場の工場は、シャトルバスが駅から出ているためにそれで向かう事も可能だ。しかし、バスを利用した場合は、徒歩で行く駅とは別の路線の駅が最寄り駅となっている。乗り換えが面倒くさいという事もあったが、俺が徒歩を選択したのには、もう一つ理由がある。

いずれにせよ、バスだと混み合うだろうから…徒歩にして良かったな…

俺は、足を動かしながら考えていた。要は、満員電車のように窮屈な場所は好きでないためだ。また、歩くのも別に嫌いではない。

携帯電話を片手に歩いていく内に、どうやら同じ方向へ向かっていると思われる奴らを複数発見する事となる。というのも、女子はわからないが…登録制のアルバイトにて、男子は特に一人で現場に行く事が多い。また、世代的に20代前半くらいの外見であれば、猶更アルバイターだと気が付きやすい。

また、この地域一帯は企業の工場も多く、職員以外だとあまり周囲を歩いている人は少ないだろうといえるような場所に、その工場はあるのであった。


工場に到着した後は、貴重品は小さなポーチに入れて持ち、鞄類は指定された場所に置いた後、業務の説明を受ける事になる。

因みに今回の服装は、上は毛糸素材以外でノースリーブでなければ何でもよいと割と自由ではあるが、下はチノパンでないといけないという指定があった。というのも、こういう工場での案件では、ジーンズも衛生的な問題で禁止タブーとなっているからだ。

 前行った、弁当工場よりはまし…か

俺は、今日はいてきたパンツに視線を落としながら、そんな事を考えていた。

因みに、弁当工場などの食品を直接扱う仕事の場合は、割烹着着用やマスク必須。女子は髪の毛を下ろしていると現場に入れない等の制約が多い。

それは、今の現場ところ以上に衛生面で厳しい事を意味していた。


「それでは、業務の説明をします」

準備を終えた後、職員による説明が始まる。

今回の業務は、お歳暮で送るギフト用の箱を作る作業だ。組み立てるとビールや他の物をはめ込んで収納できる造りになっている平たい厚紙から、うまい具合に組み立て箱にするという作業だ。

また、厚紙といっても段ボール並みに固い素材のため、軍手も必須の持ち物の一つとして挙げられていたのである。

「ふんぎぎぎ…」

業務開始後、悪戦苦闘をしながら組み立てる男子がうめき声をあげていた。

ただし、声を出すのは一部の人間のみで、大抵のアルバイターは無言のまま作業をしている。それだけ集中しているのもあるが、何より周囲に顔見知りの人間がいなければ、何も語らずに無言となるのは仕方ないのだろう。

 やりやすそうで、案外固いし上手く曲がねぇなぁ…!

当の自分も、悪戦苦闘しながら、作業をしていた。業務説明時に職員が手本として1箱分を実践してくれたのを見ていたが、実践はその一回のみ。それを一目見ただけで覚えるのは至難の業であり、それを可能にした人間やつは、手先がものすごく器用で物覚えの良い分類になるだろう。

また、ひとたび組み立てる順番を間違えると、完成までたどりついたとしても、一部が折れ曲がっているせいで不良品に見えてしまう等、いびつな形になってしまうのだ。

ほとんどが無言で作業をしているが、アルバイターの人数が、ざっと見て20人以上はいると思われる。そのため、作業で手を動かし、厚紙の接触や折り曲げる際に聞こえる雑音の音だけが大きく響いていた。

「5…10…」

時折、できあがりを確認しに来た職員の声が聞こえてくる。

また、職員かれらは数を数えると同時に、完成形の状態も確認していた。

「ごめんね。これはまずいので、一つ作り直してね」

いろんなアルバイターのギフトボックスを見る中、職員はこう告げる事もある。

ちょうど、俺の隣で作業していた奴も1度指摘され、その時の奴の手元に視線を落とす。指摘された箱の仕切りが、ほんの少しだけ折れ曲がっていたのだ。つまり、その小さなミスだけで、彼は作り直しをさせられる事となるのだ。

 そうか。この箱は実際に商品を詰めて出荷するから、客からのクレームを来ないようにするためにも、とにかく綺麗に作らなくてはいけないのか…

俺は、横目でその瞬間を垣間見ながら、職員が手厳しい理由を理解したのである。

そう、仮にもこの後、できあがった箱は商品の一部として出荷されるのだ。消費者が金を払って購入してくれる訳だから、売り出す側には小さなミスすら残してはいけない。

ほんの僅かだが、製造業の云々を垣間見た瞬間だったのである。俺達アルバイターにしてみれば、職員の対応は厳しくもあるが、商品を整った物を出荷しなくてはいけない以上、彼がやり直しにさせられるのは仕方ないとも思えるようになっていた。

 俺も、手順間違えないようにしっかりやらなくてはな…!!

そう強く思いながら、手を動かす。

その後、お昼休憩を迎えるまでの午前中は、ひとまず職員からの指摘を受ける事なく終わるのであった。



「ふー…」

お昼休みとなって休憩室に入ると、俺はテーブルの側にある椅子にどっかりと座る。

 あれ…

俺は持ってきた弁当を開けて食べようとした矢先、何かを物色していると思われる男子二人組を見かける。彼らは、少し嬉しそうな表情かおをしながら、何かを選んでいるように見える。

「“ご自由にお取りください(一人2本まで)”か。流石、〇〇だな!太っ腹♪」

「あぁ…。缶ジュースは滅多に飲まないから、これは嬉しいよな」

「あ…」

二人の男子が話す中、俺も横から覗き込んだ時に気が付く。

コンビニエンスストアで見かけるアイスクリームを冷やす冷蔵庫のような物体ものの中には、160mlサイズの缶ジュースがたくさん入っていたのだ。

俺もその缶を手にとると、そこにはリンゴの絵と、アルミ缶のロゴ。そして、〇〇のメーカー名が描かれている。

 そうか…。流石は、飲料メーカー…!

缶ジュースを手にとった俺は、これが“無料タダで飲んでも良い缶ジュース”である事を悟る。

個数制限はあれど、ずっと作業をしていたアルバイターにとって、1つでもジュースが飲めるのは嬉しい。俺はペットボトルの水を持参してはいたが、折角なのでと冷蔵庫から1缶取り、再び席についてからお弁当を食べ始める。


昼休みを終えた後、再び作業に戻る。全員が再び黙々と作業をする訳だが、午前中と少し違う点がある。

「では、14時休憩を指定された方は、休憩に行ってください!」

時計の針が14時になった頃、職員による指示が入る。

午前中はほぼフル稼働ではあったが、午後の13時~定時の17時30分までの時間は長い。しかし、全員が一斉に休憩を取ると生産性が下がるため、1時間ごとに休憩に行く人を分けて午後の休憩時間を確保するようになっているのだ。

 俺は、15時だから…あと1時間か…!

先程の職員の声を聞いた俺は、手を動かしながらそんな事を考えた。

どのアルバイターも上手下手はあり、まだ一度も職員に箱の完成形を指摘されていない奴もいれば、俺みたいに後から指摘を受ける奴もいる。そのため、午前中は順調だった俺も、午後は2・3箱ほどやり直しをさせられていたのである。

 もう定時まで、絶対に失敗作を作らないよう集中しなくては…!

そう強く思いながら、延々と箱を組み立て続ける。

「では、次。15時休憩の方、休憩へ行ってください!」

職員の声を聞いて、俺は我に返る。

あれから物凄く集中していたせいか、1時間という時間があっという間に過ぎ去っていたのである。


「本当、でけぇ工場だな…!」

俺は、周囲を見渡しながら、思った事を口にする。

午後の休憩時間は、約15分間。休憩室で休む奴が多い中、俺は現場の敷地内を軽く散歩していた。

無論、職員ではない俺らには入っていない場所もある。ただし、喫煙所が工場の外にある事から、俺らがいる建物周辺辺りは、歩き回っても良い事となっているのだ。俺は、ずっと中に籠っていた事もあり、軽く辺りを見回しながらのんびり歩いていた。

 ん…?

ふと視線を上げた先に、とある人影を見つける。

その人影は、俺らが作業している建物の向いにある、ガレージが少し開いた建物の一角に立ち尽くしていた。よく見ると、それはチノパンを履いているアルバイターの男子だ。その青年は、見覚えのある入れ物の中から、何かを取り出して、パンツの後ろポケットに突っ込んでいた。

 あいつ、もしかして…

俺は、その行動を垣間見た時――――――彼が、何をしているのかを悟る。

実は午後になって知ったが、休憩室で見た“飲んでよい缶ジュース”が入った冷蔵庫はその場所だけではなく、作業場の一角にも、職員用もあって設置されているらしい。いくら、“2缶までは自由に取っていい”とされていても、この休憩時間に取って持ち帰ろうとしているのは、あまり良い事とはいえない。

また、俺らが作業している建物は、休憩室以外に缶ジュースのある冷蔵庫は存在しないため、「勝手に他の建物に入った」証拠にもなってしまう。

「あ…」

気が付くと、ジュースを取っていた青年の姿が見えなくなっていた。

もしかしたら、自分の存在に気が付いて、慌てて戻っていったのだろう。

 まぁ、仮にいたとしても…見ず知らずの他人やつに、そこまでしてやる義理はねぇか…

ため息をつきながらそう思った俺は、そのまま作業場へと踵を返す。

本来ならば「勝手にそういう事をやっては駄目だ」と指摘してやるべきかもしれないが、今の青年は俺の友達でも何でもない。また、逆に「お節介だ」と逆ギレされる可能性もあったので、このまま見なかった事にしようと思い、その後は作業を再開する事となる。


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