第12話 客として来ていた者達
八倉巻が座席案内をしていた頃―――――俺や富士原は、もぎったチケットの分別を数人のアルバイターと共に行っていた。
チケットサイトの、公式サイトの、各アーティストファンクラブの・・・
心の中で呟きながら、俺はチケットの半券をそれぞれ異なる束の上に重ねていく。
チラシ設置作業の時みたいに床に座り込んで作業すると思っていたが、今の俺達には椅子と机がある。というのも、今いる場所は武道館に併設しているカフェの2階にあたる、物置のようであり、ラウンジみたいな場所だ。そこには元々机があったようで、皆が椅子に座って黙々と作業をしている。
それもそのはず、俺や富士原と合わせて6人いるが、武道館のアリーナ席・1階席・2階席全部のチケットを分別している。また、ライブが終わった後にも片付け等の業務があるため、それまでに終わらせないといけないのだ。
時計の針は、19:30くらいを指している。ライブ自体はまだ終わらないだろうが、開演時間が18:00のため、全体の半分は終えているだろう。また、分別も6割終わったかくらいの進行状況のため、この調子で無事終えられるかが誰にもわからないのであった。
兎に角、ひたすらやらねぇと、終わらねぇー!!
内心で焦りを感じつつも、俺は止める事なく手を動かし続けた。
「終わったのをもらっていきまーす!」
時折、
そして、分別が終わったチケットの半券を50枚ずつの束にして、運営の方へ持っていくのだ。
「すみません」
「どうかしましたか?」
すると、富士原が手を上げて、運営側のスタッフに声をかけていた。
「もう少し、
「うーん・・・」
富士原の提案を聞いたスタッフは、その場で一度考え込む。
少し黙り込んだ後、あまり時間をかけられないのもわかっていたのか、すぐに返事をくれた。
「他の状況を見て、可能であれば人を連れてきますね!」
そう告げた後、運営側のスタッフはその場を去っていくのであった。
数十分後―――――
「羽切君・・・富士原君も・・・!」
「八倉巻・・・!」
その後、
その内の一人が、八倉巻だった。
「私は、どの辺りからやればいいかな?」
俺の隣に座った直後、八倉巻は自分に問いかけてくる。
単なる偶然ではあるが、俺が座っていた場所の隣が空いていたことから、彼女はそこに座ったのだろう。しかし、作業に集中していた俺は、そこを変に意識する余裕はない。
「真ん中にある箱に入っている半券を、諸々で分けてほしいんだ。チケット購入サイトで購入したチケット、TV公式サイトで購入したもの、各アーティストのファンクラブごと・・・といった具合でだ」
「うん、わかった!」
俺が一通り説明すると、彼女はすくに理解をしてくれた。
そうして再び、黙々と作業を再開する。他のアルバイター達も会話をしないで作業を進めているため、壁越しに
今いる場所は一応屋外のため、中で仕事をしている奴らよりかは幾分かましだろう。それもあってか、少し前まで座席案内で中にいた八巻倉の
国房さんがいれば、作業の進捗がまた違ってきたのかもなぁ・・・
俺は手を動かしながら、ガゴドムスの名アルバイター・
ここ1ヶ月の間で時折見かけていたが、今日の現場では、彼女を一度も見かけていない。こういう皆が黙々と行う作業ならば、率先して仕切ってくれただろう。いろんな事を俺は考えながら、チケットの分別作業を続けるのであった。
そして、ライブが終了し、客達が一斉に武道館から外へ出る。号令もなしに皆が一斉に動き出したために、最寄駅である九段下駅まで続く道路は大勢の客でごった返していた。
東京ドームとかみたいに、スタッフが指示出して退出されればいいのにな・・・
俺は、1階席と2階席の扉の前に立ち尽くしながら、そんな事を考えていた。
というのも、過去に1度だけ友人と一緒に、東京ドームで行われた某男性グループのライブに連れて行ってもらった事があった。そこでライブ終了後に、アリーナ席・スタンド席の何塁側・・・といった具合で、混乱しないよう退場時にスタッフがメガホンで指示を出してくれた事があった。
無論、東京ドームと日本武道館では収容できる客の数が大きく異なるというのもあるが、運営スタッフによっては、そういう対応を指示しても良いのではという考えが浮かんでいたのである。
「あー楽しかった!!」
「っ…!?」
突然、聞き覚えのある声が俺の耳に入ってくる。
その声の主は、直後に俺の横を通り過ぎる訳だが、顔を見た時に俺は目を丸くして驚く。
姫岡先輩…!?
茶髪でハーフアップの髪型をしたその20代の女性は、俺が高校の時の先輩にそっくりだったのだ。そして、すれ違った際の声を聞いたことで、他人の空似ではなく本物であることを悟る。
「あ…」
武道館の階段を降りていく彼女に声をかけようとしたが、寸前の所で俺は止まる。
それは、彼女が一緒に歩きながら話していた男性の後姿を目撃したからであった。
だよなぁ…
彼らの背中を見送りながら、俺はため息をつきながら立ち尽くしていたのである。
その後、お客がほぼ全員出た所で、最後の業務として、ある意味恒例のゴミ拾いが行われる。俺や八倉巻や富士原は、アリーナ席にて、客席にゴミや客の忘れ物がないかを歩きながら確認していた。
「まさか、国房さんがお客さんとして来ていたとは、思わなかったわ!」
「確かにな。目撃した時は、驚きすぎて目を疑ったぜ」
席の上や足元にゴミがないか確認しながら、八倉巻や富士原が会話をする。
俺は目撃していないが、どうやら国房さんが今日、バイトではなくお客として、この武道館に来ていたのを2人は目撃していたらしい。
確かに、ガゴドムスの業務はスーツ着用が多いから、本当の私服姿とか見たら、驚くだろうなぁ…
俺は、二人の会話を聞きながら、そんな事を考えていたのである。
「…羽切君、どうしたの?」
「へっ?」
すると突然、八倉巻が俺に声をかけてくる。
いきなりだったため、俺は声が少し裏返っていた。
「なんか、不思議な
「んー…」
彼女が何故俺に声をかけてきた理由はわかったものの、その“不思議な
「偶然、知り合いを見かけたんだ」
「…声はかけなかったのか?」
俺が、考え事をしていた理由を告げると、今度は富士原も会話に入ってくる。
「声と顔が見れたのはほんの数秒だったし…何より、あの時は周りに客も大勢いたしな。引き留めると足元危ないし、声はかけなかったな」
「そうか…」
俺からの返答を聞いた富士原は、その後は少しだけ黙り込んでしまう。
「さて!今日も帰る頃には時間が遅いだろうし、早いところ片づけましょう!」
短い沈黙を破ったのは、八倉巻だった。
黙り込んだ事で何かを察したのか、彼女は今の話題を半強制的に終わらせてくれたのだろう。
「おう」
「…だな」
それを聞いた俺や富士原は、その
因みに、姫岡先輩こと
今が大学4年である自分の一つ上の世代のため、今は社会人1年目くらいと思われる。
今では良い思い出だけど…あの時のバイトも、何気に楽しかったな…
俺は、そんな事を考えながら、ゴミ拾いの作業を進めるのであった。
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