第6話 すごい偶然

あの女性ひと、看護師の資格でも持っているのか・・・?

救護室を出て自分の持ち場に戻った後、俺の脳裏には、国房さんの顔が浮かんでいた。

あれから、体調崩した友人を国房さんに一旦預けたのか、付き添っていた女性客が、1階席の扉から中に入っていくのを見かけたのである。

俺は、このガゴドムスで派遣のアルバイトを始めてから、今月で2年目に突入している。彼女は確か、俺が初めて現場に入った際の初日にいた女性ひとだった。無論、他にもアルバイターはいるが、社員である中並さんとも親しげに話していたのが印象的だったのを、今でも覚えている。

しかし、ガゴドムスの社員でない事を知った際は、驚いていたな・・・

そんな事を考えながら、立っていたのである。


「早く早く!!」

あれから幾何かの時間が経過し、1階席の扉から、2・3人ほど急ぎ足で出てきたのである。

時計の針が19時36分を指していたため、ライブも終盤でアンコールにさしかかった頃だろう。

 今出て行った奴らは、これから帰宅するまで、結構な時間がかかるんだろうなぁ・・・

俺は、遠目で見ながら、そんな事を考えていた。

ライブのアンコールに差し掛かった頃に帰るやつの大半は、自宅が遠くて新幹線や深夜バスを利用する客達やつらだ。昼間のライブだったらこうはならないだろうが、今日が日曜日という事もあり、泣く泣くアンコールを見ないで帰らなければならないという事になる。俺は、都内在住で良かったと不意に考えていた。

「ん・・・?」

再び、1階席の扉の向きに立っていると、今度は後ろから複数の足音が聞こえてくる。

不規則で荒く聴こえる足音はおそらく、4人くらいの男性だろう。また、遠方から来ている客達やつらかと思い、後ろを振り返ると―――――俺は、思わず目を見張った。

2階から階段で降りてきたのは、俺の予想通り4人組の男性で、全員が帽子かサングラスをしている。

ライダースジャケットやパーカー等のラフな格好をした4人組は、階段付近にいた俺には目も暮れる事もなく、足早にライブハウスの出入り口へと去っていったのである。

足音が小さくなってきた矢先、俺はようやく我に返る。

 な・・・生で見ると、超かっこいい・・!!

俺は、表情かおは普段どおりだが、内心では物凄く興奮していた。

というのも、今俺の目の前を通っていった4人組こそ、俺がギターをやっていた頃に好きだったロックバンドなのだ。

一見、帽子やサングラスをしている関係で顔は見えないようだが、ジャケット写真やメディアをよく見ていた俺は、一発で気がついたのである。

おそらくは、同じレコード会社のよしみで、見に来ていたと思われる。

 きっと、アンコール終了後だと、ファンとかにすぐバレるからだろうなぁ・・・

俺は、好きなバンドに偶然遭遇した事に感謝しながら、この後の時間を過ごす事になるのであった。



「あー・・・・・・すごく疲れたわ」

ライブ終了後、不意に新玉が呟く。

アンコールも終わって客がはけた後、俺達は最後の仕事として、会場内のゴミ拾いをしていた。

「おう、お疲れ!物販、大変だったろ?」

「本当よ、もう!個数制限あるとはいえ、全部のグッズを個数制限最大まで買う子とかいて・・・この忙しい中でよ!?全く・・・」

俺が新玉に声をかけると、彼女は昼間に従事していた物販の事で愚痴をこぼす。

「富士原は、随分涼しそうな表情かおしているんだな」

「まぁ、立ちっぱなしの仕事が多かったしな!あと・・・」

同じように、疲れた表情かおをした羽切に嫌味っぽく言われるが、俺は軽くかわす。

 まぁ、偶然とはいえ、あんないい事あれば、疲れも吹っ飛ぶしな・・・

そんな事を考えていると、見知った人物が視界に入ってくる。

「君達、楽しそうね!」

「国房さん!」

少し離れた場所から、国房さんがこちらへ近づいてきた。

それに気がついた新玉が、少しだけ瞳を輝かせていたのである。

「そういえば、国房さん。例の客は・・・」

「あぁ・・・!ライブが終わる頃には体調も落ち着いてきたので、ライブ終了後、連れの女の子に付き添われて帰って行ったわ!」

「そっすか・・・ありがとうございます」

俺が国房さんに、あの後のことを尋ねると、すぐに教えてくれたのである。

「何かあったのか?」

すると、話を聞いていた羽切が途中から入ってくる。

「あぁ、ちょっとね。今日、体調不良の客が出たのよ」

「え!?ライブでそんな事あるんすか!!?」

国房さんの台詞ことばを聞いた羽切が、目を丸くして驚いていた。

「物販で欲しい物買うために、始発とかで会場に来た奴かもな!そうやって無理しすぎたり、前のほうで揉まれて酔って酸欠で倒れるって事が、ライブハウスだと結構多いぜ?」

俺は、ライブにあまり行った事がないであろう羽切に、そう告げた。

「成程なー…」

案の定、彼は“初めて知った”ような表情かおをしながら、俺の話に同調していた。


「にしても…」

俺は、周囲を見渡しながら、ゴミがないか確認する。

今日のライブは女性客が多かったので、変な物が落ちていたりとかはなかったが…やはり、いろんなやつがいるため、時にはゴミ箱に捨てずに柵の近くにゴミを放置して帰っていく客もいる。このライブハウスの場合、先程から飲みかけのジュースがいくつか床に置きっぱなしだったのを目撃している。

「ゴミくらい、ちゃんとゴミ箱につっこんでから帰れっての…」

「あぁ、いるよね、そういうやつ!私も、ライブビューイングで映画館行ったときに、客席にジュースやポップコーンの容器そのままにして帰っている奴とか見た時は、イラッとしたもの!」

俺が不意に呟くと、新玉が珍しく反応していた。

 つーか、ライブビューイングって…

俺の場合、ライブは生で見る派だが、新玉こいつが言うライブビューイングはおそらく、アニソン歌手によるものだろう。

この時、彼女に何か言おうとしたが、結局は言葉を紡がずに喉の奥にしまい込んだ。


そして、最後の業務も終わり、解散した後に俺達は帰路へつくこととなる。

「明日もボチボチ早いし、早い所帰って寝ますかね!」

「俺も…明日は就活セミナーだしな…」

最寄り駅である東京テレポート駅に向かっている途中、新玉や羽切らが呟いていた。

「就活…って、やっぱり今はどこも厳しかったりするのか?」

「まぁ…な。リーマンショック直後の年よりは、マシにはなってきたらしいけど…」

俺は、思いついた事を羽切に尋ねていた。

羽切は現役の大学4年なので、4月は就職活動真っ最中の時期だ。大学に通わず、アルバイトのみの生活をしている俺にとっては、今はできないような日常的な光景だった。

 新玉は、あれでも声優目指しているらしいから…少し、羨ましくもあるな…

俺は、真っ暗な夜空を見上げながら、不意にそんな事を思う。

「富士原君…どうしたの?」

不意に、新玉から声をかけられる。

「いや…ちょっと考え事をしていただけだな」

何も言わないのは良くないため、一応俺は答えた。

 まぁ、社会人でもないのにこうやってスーツを着て仕事をできる経験…ガゴドムスみたいな登録制ところでないと、まず経験できないのだから、今はそれで良しとしておくしかないか…

俺は、自分だけ社会に出ていない事で取り残されている気分になりつつあった。

家庭の事情があるにせよ、生きている実感が湧かないような感覚だ。しかし、このガゴドムスや他のアルバイトで“働く”を経験するのも、社会へ出るための準備にでもなるだろうと考えながら、電車に乗って帰宅するのであた。

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