第2件 ライブでは思わぬ偶然があったり

第4話 始まりは遅くて緩いが…

「お台場かぁ・・・」

俺は、東京テレポート駅の改札を出た際に、独り呟く。

4月の下旬のお昼前、俺は今日行く現場の最寄り駅を訪れていた。今日が日曜日であり、お台場という観光地ともいえる場所のため、周囲には家族連れやカップルが多くいる。俺は地上出口をどちらから出ればいいかを案内板で確認し、足を動かし始める。

 俺は、バンドはあまり興味ないけど・・・好きな奴にとっては、今日の業務はある意味楽しいのかもな・・・

俺は、エスカレーターに乗って地上を目指しながら、そんな事を考えていた。

因みに、今日これから行く現場は、お台場にあるライブハウスで開催されるライブのスタッフだ。ガゴドムスのサイトには、「チケットのもぎり・案内・ドアマン等」と業務の概要が書かれていたが、実際はどんな仕事になるだろうと、期待を膨らませながら現場へと向かうのであった。


「では、今日皆さんにお願いする業務の説明に入ります」

ライブ会場のスタッフによる業務説明が、この時から開始される。

また、今回の集合時間は11時30分と、前回行った展示会の時よりは遅い時間だ。その理由は、本日開催されるライブの開始時間が17時に開場し、18時に開演するからだ。

「富士原。今日の現場来たのは、やっぱりライブハウスだから?」

「あぁ?」

説明を聞いている最中、新玉がとなりにいる富士原に小声で話しかけていた。

 今日は、八倉巻やぐらまきがいない・・・か

俺は、周囲を見渡したことで、今日は八倉巻やぐらまき奈緒美なおみがいない事を悟る。

登録制の派遣アルバイトは、自分が入れる日に仕事ができるのがメリットのため、その日その日でいる人間といない人間が必ずいるのだ。例えば、今日はガゴドムスの社員である中並さんがいない。その代わりか偶然かはわからないが、前回の現場で会っていない人が、今日の現場にはいたのである。

「羽切君!因みに、あそこにいる女性ひとが、この間話した国房くにふさ珠姫たまきさんだよ」

「新玉・・・」

話を聞いている途中、新玉が俺の耳元で囁き、他の人に見えないように親指で一点を小さく指差す。

彼女が指を指した先には、黒髪を一つ結びでまとめてはいるが、腰くらいまで長さがある女性の背中が見える。

 あれが、ガゴドムスの有名(?)アルバイターの国房くにふさ珠姫たまき・・・か

俺は、業務の説明を聞きながら、その女性ひとのことを考えていた。

新玉曰く、いつからガゴドムスにいたのかはわからないが、結構仕事ができる人らしい。年齢もいくつか不明だが、とりあえず中並さんみたいにガゴドムスの正社員でない事だけは、確実らしい。



説明が終わった後、それぞれの持ち場へと移動する事となる。

今回、新玉は物販の売り子と、チケットもぎり。俺や富士原は、最初は列の誘導や案内。その後はヘルプ要員やチケットチェックを担当する事になる。

「物販の売り子は、すげー忙しいからな。新玉の奴、気の毒なこった」

移動中、富士原は不意に呟く。

「だから、物販の売り子はすぐに人が集まらなかったって事か?」

「あぁ…。スーパーみたいに、ちゃんとしたレジで計算できる訳じゃない上に、たくさん注文する奴も多いから、アルバイターも避けたい奴が多いらしい」

俺が何気なく問いかけると、富士原は普通に答えてくれたのである。

因みに俺達は、今は備品を取りに行くために行動を一緒にしているが、同じ場所に行く訳ではない。富士原はこれから始まるライブの物販で“ここが物販列の最後尾です”のプラカードを持つ係。そして俺が、列の状況を見ながら、列と売り場を右往左往する役目だ。それに必要な備品類を、ライブハウスの倉庫に取りに来ていたのである。

「じゃあ、これとこれとこれが必要かな…!」

そう言いながら、俺達にメガホンやプラカードを渡してくれたのは、新玉が言っていた名アルバイター・国房くにふさ珠姫たまきだった。

「あれ?…君、見ない顔だねー!」

メガホンを渡された時、国房さんと俺の目が合う。

「あー…今月からガゴドムスに登録したばっかりの、羽切っす」

どう対応すべきか迷ったが、ひとまず俺は自己紹介をした。

「よろしくね、羽切君!男子は力仕事とか、夜遅くまで中並さんにこき使われるかもだけど、頑張ってねー♪」

そう口にした後、黒髪の女性は、自分の持ち場へと移動していく。

「あの女性ひと、台風みたいな奴じゃね?」

「……お前もやっぱり、そう思うか」

嵐のように去っていった彼女を見て、俺と富士原は同じような事を口走っていたのである。


ライブの物販は14時スタートで、現在はまだ13時にも関わらず長蛇の列が出来上がっていた。

 “いかにも”な恰好した奴が多いなぁ…

俺は、物販で並ぶ女子達の列を見ながら、不意にそう思う。

本日、このライブハウスでライブをするバンドは男性ヴォーカルのロックバンドのため、お客も自然と女子の方が多い。そのため、そのバンドのこれまでのライブで販売していたような物や、いかにもバンギャルっぽい黒を基調としたファッションに派手な化粧をした女子達がいる。時間が13時代という事もあり、お昼代わりにパンやおにぎりを食べながら待つ人も多い。

「すみません。これ、物販の列で間違いないですか?」

駅の方から来た客の中には、こんな事を聞いてくる人もいる。

「はい。最後尾にプラカード持って立っているスタッフがいるので、そちらから並んでください」

そう尋ねられれば、俺は富士原がいる方角を指さして答えていた。

因みに、物販の行列は、ライブハウスの入口前はもちろん、列がどんどん伸びて、終いには裏手にある車の行き来が多い大通りまで伸びていたのである。そのため、ライブハウスがその近くにあるのを知らないドライバーなんかは、「何故、こんなに長蛇の列ができているのか」と不思議に感じるだろう。


俺は行列を往復しつつ、様子を見に物販のテントがある場所に戻った頃、ちょうど物販が開始された所だった。

最前列にいた女子達は、すぐさまスタッフがいる場所へと走り出す。無論、一気に雪崩込むわけにはいかないため、途中で別のアルバイターが区切ったりしている。

「では、ここで一旦お待ちください」

ガゴドムスのアルバイターである男子が、様子を見ながら、バリケードを避けたり置いたりしている。

『一会計につき、1商品3個までなので、ご了承ください』

俺は、そんな台詞ことばを繰り返しながら、列の前から最後尾の方に向かって歩く。

『列は、4列に並んでお待ちください』

列が崩れてきている所を見かけたときには、こんな台詞ことばも言っていた。

 開演後は話す仕事がないにしろ、しょっぱなでたくさん話すのはきついなー…

俺は、メガホン片手に持って歩きながら、少し疲れるなと考えていたのである。前回の展示会は朝こそ早かったが、17時過ぎには終わっていた。しかし、今回の現場は、始まりが遅い代わりに、終了も遅い―――――要は、夜が長いという事だ。

 思えば、今回言っていた「ヘルプ要員」は、何をするんだろう?客に渡すチラシとかは、すでに準備が整っていたし…

物販列を見張るさ中、俺はそんな事を考えていたのである。


「ん…?」

物販列の様子を見ながら右往左往していると、大通りの方から黄色い声が響いてくる。

メガホン片手にそれとなく進んでいくと、大通りの方で並んでいる女子達が、ザワザワと話している。また、少し離れた場所に、走り去っていくタクシーを見かける。

「生の彼、ちょうかっこよくない!!?」

「うぁー…今日、物販来ていて良かった~~~!!」

列に並んでいる女子達が、興奮さながらで周りの人達と話していた。

 このかんじだと…ちょうど、バンドのメンバーが会場入りしたのを目撃したって所か?

俺は、彼女達の会話に聞き耳を立てながら、そんな事を考えていた。

俺はもとい、バンドにしろ芸能人にしろ、あまり興味が薄い方かもしれない。以前に、都内で偶然お笑い芸人見かけても、声かける気もなかったぐらいだ。

そうして、ライブ開始前で興奮している女子達とは裏腹に、少し憂鬱な気分になりながら、この昼間の業務を全うするのであった。



羽切君がおたおたと作業をしていた頃、私――――――――新玉ののかは、超多忙からやっと解放されようとしていた。

「君!休憩行って大丈夫だよ!」

「ありがとうございます!」

運営側のスタッフが私に声をかけてくれた後、私は物販を行っているテーブルから離れていく。

 まぁ、売り子の練習になったと思っておけばいいかぁー…

そんな事を思いながら、私は人気のないライブハウスの廊下を歩いていた。

因みに今は中で本番のステージに立つメンバー達がリハーサルを行っているため、ドア越しに爆音が響いていた。

 やっぱり、物販での熱の入りようは、どのジャンルでも共通なのかもなぁ…

私は、先程までいた物販エリアの方角を見つめながら、そんな事を考えていた。

というのも、私は声優を目指している傍ら、アニメや漫画も好きな、いわゆる“オタク”なので、アニメのイベントへ行く機会も多い。

また、そのアニメイベントにも物販はあり、並んだこともあるため、今日来ている彼女達がいっぱい買いたがる気持ちも、わからなくもないのである。


10分~15分間の休憩を終えた後、私はライブハウスのロビーに集合していた。

入口には、普通の出入り口は勿論、端っこには関係者用の受付もある。また、ロビーの奥の方には関係各社から贈られたであろう花がたくさん置かれていた。

また、コインロッカー寄りの方には、今日出るバンドのメンバー宛のプレゼントを入れる箱が用意されている。

 あ…彼ら、アニメのタイアップとかもしているんだぁ…!

段ボール等から、開場時にお客さんへ配るチラシがたくさん姿を見せた際、今日出るバンドがタイアップしているアニメのちらしも見つけたのである。

「じゃあ、君と君は、チラシ渡すのをやってね!貴女は…」

そんなチラシの束を持って指示をしているのが、国房さんだった。

彼女も一応アルバイターだが、こうやってガゴドムスの子達に指示出しているのを見ると、正社員である中並さんと同等の立場の人間に見えてしまう。

しかし、今日の現場では、中並さんがいない。そのせいか、彼女が結構積極的に仕切ってくれている――――――現場がこういう事態になる事も、あまり珍しくはない。

 さて、もう少しで開場だね…!

私は、壁際にある時計が、16時54分を指しているのを見上げていた。

一休みしたので少しは落ち着いたものの、またこの後から、忙しい時間が訪れる事となる。

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