かいきにっしょく

無謀庵

かいきにっしょく

 セルリアン問題も片付いて、平和なはずのゆうえんち。


「かばんちゃん、たいへんたいへん! 空が! 太陽が!」

 サーバルが血相を変えて走ってきた。

 指差す先を見上げると、眩しい太陽。眼を細めると、いつも真ん丸な太陽が、月のように四分の一くらい欠けている。

「えっと、これは確か、にっしょく、かな」

「にっしょく? にっしょくってなに?」

「お日様が、食べられる、って書いて……」

「えええー! それじゃ、昼がなくなって、ずっと夜になるの!?」

「そうじゃ……あっ、ダメだよサーバルちゃん、太陽をじっと見ちゃダメ」

 かばんは、慌ててサーバルの目を手でふさぐ。

「目が痛くなるよ。酷いと、目が見えなくなっちゃう」

「でも、お日様が食べられてたら、みんな見ちゃうよ!」

「そうだね。まず、みんなに太陽を見ないように知らせないと」

 かばんは、近くにいるフレンズたちを探す。

 だがそれには及ばず、太陽が暗くなる事態に気付いたフレンズたちの方から、何か知っていそうなかばんを探しに集まっていた。


 見上げても太陽が目に入らないように、かばんは大きな木陰にみんなを集めた。

 だが、フレンズたちが全員、この近くにいるわけではない。

「えっと、まず、太陽は直接見つめないでください。太陽の形が気になるときは、木陰で地面を見てください」

 かばんが指差すと、地面に落ちた木漏れ日が、欠けた太陽の形になっている。

「あ、ほんとだ、おもしろーい!」

 無数の欠けた円が散らばった地面は、フレンズたちの興味を引くのに足りる。

「それから、トキさんに、新しい歌を唄ってきてほしいんです」

「あら。ご指名ね。新曲なんて素敵だわ」

「♪たいようはー じっとみてたらー あぶないよー みんなのおめめがー たべられるー♪ って、特に木の少ないさばくちほーとかさばんなちほーで」

 目が食べられるんだ、と、周りのフレンズたちも、怯えながらざわざわする。太陽を見させない効果はありそうだ。

「わかったわ」

「すみませんが、急いでください」

「もちろんよ。新曲は早く歌いたいもの」

 トキはさっそく飛び立っていく。さっそく空から大音声が落ちてきて、これなら大勢のフレンズに伝わるだろう。


「だんだんと太陽が削れていくな。これについて面白い話が」

「これはPPPの出番だわ!」

 タイリクオオカミがホラを吹こうとしたが、かばんが止めるより先に、マーゲイが割り込んだ。

 マーゲイ曰く、ジャパリパークができるより昔の伝説がある。

 遠い昔にも、太陽が暗くなったことがある。

 月とケンカして、スネて隠れてしまったせいだ。

 昼がなくなって、ずっと寒くて暗い夜が終わらなくなって、みんな困った。

 そして動物たちは、太陽を呼び戻すために、みんなで歌って踊って賑やかに大騒ぎした。

 すると、太陽も「なになに? たのしそー!」といって、また出てきた。

「つまり、PPPのライブがあれば、太陽も見たくなって出てくる!」

 おおお、と、みんなのどよめきは、納得している声色だ。

「三代目PPPの結成は、太陽を呼び戻すために約束されたことなんだわ! そのために、あの奇跡のカッコかわいさがぁ! むふ。うひぇひぇひぇ」

 暴走しているマーゲイを見て、かばんは考える。

 日食の仕組みを思い出してみたが、みんなにわかるように説明するのは難しい。

 しかし、太陽が隠れても、すぐまた出てくるのは間違いない。

 それなら、暗くなってみんなが不安がるより、PPPに歌ってもらっているほうがいい。

「いいと思いますよ。やりましょう。らいぶ」

 かばんも受けて、思いがけずPPPのライブを見られるとなったみんなも、歓声を上げる。



 鳥のフレンズたちが、PPPきんきゅうらいぶを知らせに飛び回る。

 ゆうえんちのステージは、照明を全部つけて、眩しいくらい明るい。どんどん暗くなる空の下で、遠くからも目立つだろう。

 いつもの『大空ドリーマー』のイントロが、いつもより大きめに流れ出す。

 音楽もまた、聞きつけたフレンズたちを呼び集める。


「今日は本当に突然だったが、よく集まってくれてるな」

「途中参加も場外立ち見も歓迎よ! これが聞こえたら、すぐに来て!」

「もうみんな温まってるよな? 早速いくぜ!」

「今日なんのライブなの?」

「フルルさん、今それ?」


 『ようこそジャパリパークへ』とともに、太陽は欠け、空はセルリアンのような色に染まっていく。

 曲が変わって『大空ドリーマー』になっても、太陽は目を細めるように小さくなり、空の色はどんどん深いブルーになっていく。

 そして、ついに空は、夜と同じ黒に染まった。


「……ぺぱぷ!」

 短いアウトロとともに、かばんが照明を落とした。

 照明に慣れた目に、一瞬世界が闇に見える。

 静けさと時ならぬ宵闇に、みんなが怯える。

 しかし、怯えがパニックに変わる前に、月の影から太陽が顔を出し始めた。

 空がかすかに、しかし確かに明るくなっていく。

「お日様がでてきたよー!」「すごーい!」



 こうして皆既日食は、目を傷めた者も、大きな混乱もなくやり過ごすことができた。

「太陽の周りを、地球がこう回っていて、その周りを月が……それで、こうなって地球と太陽の間に月が入ったときに、隠れちゃうのが日食で……」

 一部の賢いフレンズに聞かれて、かばんが地面に絵を描いて、日食の仕組みを説明している。

 助手と博士、タイリクオオカミ、フェネックといった面々は、特に引っかかりも悩みもせず理解していく。

「PPPが太陽を呼び戻したわ! PPPは太陽の使い、いや、太陽すら惹きつける世界の中心なんだわぁぁあ!」

 マーゲイが叫びながら悶絶している。

「PPPの歌は関係なく、太陽はすぐに月の影から出てくるのね」

 理屈を知ったフェネックは、マーゲイを静かに眺めている。

「しかし、正しい理屈だけでは、ちょっと夢がないな」

 作家のタイリクオオカミには、太陽と月と地球の位置関係だけにこの出来事が収まってしまうのは、すこし物足りない。

「はい。だから、無理にみんなにわかってもらわなくていいと思います」

 かばんにも、PPPを囲んで大喜びするみんなの夢を、壊して回るつもりはない。

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かいきにっしょく 無謀庵 @mubouan

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