第33話

「聞いてくれるか?」僕の背中を洗いながら町田さんが言う。


「はい。なんですか?」


「ここに健が来てから数ヵ月、本当に楽しかったよ。可愛い弟が出来たみたいで。飯は上手いしな。それでいつの間にか自分でも勘違いしちゃったんだな。お前の事を大切に思ってた。このままの関係でもいいやって。でも俺実はさっき、健が、小説の為に恋愛契約続けたいって言った時、ショックだったんだ。それは、自分とはあまりにも違う種類の感情だったから。ガキだよな俺。」


そう聞いて安健は訝う、そうか、やっぱり町田さんは僕を好きじゃないってことなんだ。急に胸が締め付けられる程の痛みを伴う。嫌な予感はしていた、もう、話の続きを聞きたくない。安健は両耳を抑えたい衝動を咄嗟に堪えた。



尚も町田の話は続く。



「だから、さっきは怒りに任せてオーケーするって言ったけど、やっぱ、俺、やめとくわ。すまん、力になれなくて。俺ってまだまだ青いんだわ、ははは。」



ああ、やっぱり。それを聞いた途端に安健は心が折れる音がした。そうか。そうだよな、普通好きでもない奴にここまで出来ないよな。悲しさと切なさで瞼に液体が滲む。前が見えない。



「健もいい小説書けるようになったんだし、これからだよ、これから。あ、部屋は目処が付くまで居てもらっても構わないから。ほら、もう背中終わったぞ。」



そう言われても、振り替えることが出来なかった。何故なら自分の顔はとても見せられない、瞼は流れてくる液体で腫れ、頬は真っ赤で、鼻からは2つの筋が垂れていた、子供の様に泣きじゃくっていたから。ただただ声を我慢するのがやっとだった。



それでもまだどこか遠くで町田の声がする。「ほら、じゃあ仕事の次は恋人かな?健もいい人見つけてさ...」そこまで聞き終わった時、失望、諦めを通り越して、怒りの感情が芽生え、町田を遮って口走っていた。



「は?恋人?そんな気持ち簡単に切り替える事なんて出来ませんよ!僕は、町田さんが好きなんです!仕事だって、そりゃ評価されたのは嬉しかったけど、町田さんがいたからなのに!町田さんが僕の事を好きになれないのはしょうがないですけど、僕が誰を好きであろうが、自由でしょ!首突っ込まないでもらえますか!?」



と半ば半切れで、安健はなりふり構わず振り返った。




すると、今度は驚いた。だってそこには蒸気し、二筋の液体を頬迄垂らした町田の顔があった。泣いている?どうして?



「今、なんて言った?」町田は呆けた様に言う。


「え?」


「だから、今、なんて言った!?」


「だから、町田さんが好きですって」


「ばか野郎、早く言えっ!」



町田は安健に抱きついた。

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