第32話
安健は部屋の時計に目をやる。あれやこれやと考えを巡らせているうちに気付けば町田が先にお風呂に入ってから10分余りが経過していた。そろそろ入らないと不自然に思われる。一緒に風呂に入るのは2回目だったが、以前とは状況が全く違う、自分は町田を好きな人と大きく自覚しているのだ。緊張でどうにかなってしまうかもしれない。突如現れたこの事態に、10代の少年の様に好きな人と一緒に風呂に入るという事はとてつもないビックイベントの様に思われた。緊張で手汗が酷い。口が乾く。唇がカサカサだ。またしかし、安健は思い返していた、町田のあの程よく筋肉のついた裸を。顔が赤らんだ。そしてまた、迷いながらも、困りながらも、どこかでこの間の続きがしたいと考えていた。ああ、考えていてもしょうがない、小学生じゃないんだから、安健は意を決して服を脱ぎ、風呂場のドアを開けた。続きを期待している事を自覚していた。
「入りまーす。」声が風呂場に響く、微かに震えてるのが自分でもわかった。
それに反して湯船に浸かっている町田は冷静に「ああ」と答えた。うう、先程まであんなに妄想していた、町田さんの身体を直視出来ない。安健は伏せ目がちにシャワーヘッドを掴み蛇口を捻って掛け湯をした。その様子を、安健の身体を町田は細目で何か吟味でもする様に、先程より幾分落ち着いた様子で見ている。
町田の視線を感じながら、椅子に座り身体を洗い始めた。一番先に左腕から洗う、安健の習慣だった。
シャカシャカ。シャカシャカ。
スポンジと肌が擦れる音だけが響く。二人とも何も喋らない。いや、安健には喋れないという装飾語の方が適切だろう。
沈黙が怖い。お願い町田さん、何か喋って。安健は心の中で祈る。その祈りが届いたのか、町田が幾分か振りに口を開いた。
「背中を洗おうか。」
「お、お願いします。」
安健は応えた。
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