第29話

午後7時すぎ。


安健はFUJIYAのケーキの入ったビニール袋を片手に、もう一方にはスーパーで購入したオードブルの入った袋を下げて、マンションのエレベーター前に立ったいた。袋の中のケーキはオーソドックスな苺ショートケーキ。町田の一番好きなケーキがそれである。ここ数ヵ月の間で、安健は彼の食べ物の好みは殆ど把握していた。本当は今日は町田好みのご馳走を作る予定だったが、編集者との今後の打ち合わせが長引いてしまい、この時間になってしまった。エレベーターに乗り込むと5Fのボタンを押した後、無意識に上へと目線を移す。鼓動がいつもより少し早く打ってるのが自分でもわかった。



今日、町田さんに告白する。




告白を前に何とも言えない緊張感が自分を覆っていた。何とも言えないと言ったのは、文字通り何と表現したらいいか自分でもわからないからである。それもそのはず、安健は愛の告白をするのは人生で初めてだった。



自分なんかが受け入れて貰えるだろうか。



不安が襲う。町田さんは所謂ゲイで、同姓が恋愛対象な訳で。同姓愛者というのは出会いの分母が少ない分、恋愛に対して妥協が生まれがちだと聞いた事がある。妥協されて交際をOKされるのも少し嫌だったが、のべつもなく振られる方がもっと嫌だった。



町田さんの心の箸でも棒でも何とかひっかかっんないかな。



安健は心の中で呟く。なんて言って切り出したらいいだろう。とりあえず、最初は小説を書けたことのお礼を言おう。僕は本当に嬉しかったんだ、自分が認められて、それが仕事になって。不安定な業界で、この先安泰と言うにはまだ早いが、この世界で一度だって一縷の光りを掴む事は難しいはずだ。自分に才能があるかどうかはわからない。でも努力で補える程の技量をもし持ち合わせているなら、最大限努力を惜しまないつもりだ。編集者に後押しされたのも大きい。しかし、始まりは、頑張ることができたきっかけは全て町田なのである。そんな町田とこの先も一緒にいたい、出来れば恋人として。そう思いながら、安健は5Fで降りた。通路を歩き、町田との住まいである503号室のドアの前に立つ。鍵を差し込んで回転させ、ドアノブを回してもドアが開かないことに気づいた。



あれ?町田さん、帰ってきてる?



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