第22話

気まずい。気まずい。気まずい。



就業時刻も残り30分、手持ち無沙汰に無意味にwordを開き、町田は今の気持ちをタイプしていた。外は雨が降り始め、店舗のドアから見える通りすがる人の歩調が速くなっていた。



昨日は調子に乗りすぎた。安健のあまりの可愛さに一瞬理性を無くしかけたのだ。彼の異変に気づき、我に帰って取り繕った後には、もう時すでに遅し。いつも夕食では屈託なく笑いかけてくるあの笑顔が1度も見られないどころか、安健はずっと下をうつ向いたまま、オムライスを口一杯にしてほうばっていた。町田が何度かケチャップが口の回りに付いていると言っても、安健はうんとも、すんとも言わず、何処か上の空だった位だ。


安健と同居してからこの二ヶ月、理性フル回転100%で接してきたつもりだ。最初はただ見た目が好みだと言う位だった。でも今は違う。拾ってきた猫、と言っては表現がお粗末だが、あの屈託ない笑顔、伸びのいいアルト声、小説家として華を咲かせたいという一生懸命な姿が微笑ましく見えた。彼を出来る限り見守っていたい。今では自分の一日の大半を彼を思う事が占めている。町田なりに二人の関係を大事にしてたのだ。だか、いつの間にか、安健は本当に猫の様に自分の心に居着いてしまったのである。そして、二人の距離を近付ける事になった筈の理由である、彼の小説ためにゲイの世界に積極的に足を踏み入れて理解しようとする姿勢が、くしくも、あの風呂場での惨劇を招く引き金にもなってしまった。自分は何処かで、あの瞬間、安健がストレートだという思考が抜け落ちていたのかもしれない、好きな人とのあの状況下、冷静でいられる方がどうかしてる。町田はかぶりを振るった。もしかしたら両思いになれるかもと、錯覚してしまった。イメプレごっこにブレーキを掛けるのが遅れてしまったのだ。



そして今日、一通も安健からラインが来ない。このまま出てくとか言い出すパターンもあるな、町田はそう思っていっていた。







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