第21話
昨日は可笑しな晩餐だった。
いつもなら町田さんより自分の方が会話の主導権を握っている。話すことは他愛もない、出版社の担当者との会話、こんな駄目だしをされたとか、はたまた珍しく褒められたとか、今後書いてみたい小説、連載が欲しい等、自分の夢の話もしたりしていた。町田さんは良い聞き役になってくれ、いつも自分の話に新鮮な相槌をくれる。時には自分の経験からくるアドバイスも。以前付き合っていた彼女には、仕事の理解が得られなかった為、殆どこの手の話はしなかった。恥ずかしながら上京してこっちに親しい友人もいない。自分にとって、こんな風にざっくばらんに仕事について話せる人間は初めてで、良いガス抜きにもなっていた。知らず知らず、町田さんにかなり心を許していたのかもしれない。
それがどうした事だろう。昨日は思うように話せなかった。殆ど口を利けず、町田さんの数少ない問い掛けにも何て答えたか覚えていない。と言うのも、食事中ずっと町田さんの目も、顔も、髪も、指先すら、視界に入れる事が出来なかったのだ。だって、だって、ひとたび町田さんの一部分でも、自分の目の中に、角膜に映し出してしまったら、たちまち自分の左胸が跳ね上がり、うるさいその音で、自分が異性を見るような目で彼を強烈に意識している事が、向かいに座っている彼ににバレてしまうんじゃないかと思ったのだ。
気を悪くしてないだろうか。
折角町田さんが、お風呂でのイメプレをOKしてくれたのに。仕事の協力をしてくれたのに、その直後にあんな態度を取ってしまうなんて、自分はなんて愚かなんだろう。しかも俺はストレートじゃなかったのか!!昨日迄、一ミリも意識しないで一緒に住んでいられた自分が信じられない。
「あー、昨日に時間を戻せたら....」
なんて小学校の時によくしたこの手の不毛な妄想に考えを巡らす。だって、一緒にお風呂なんかに入らなければ、自分のこの気持ちに気づくことなんて無くて済んだのに。正直、昨日のあの胸に抱いた熱い感情は一時のもので、いわいるストレスで、ゲイになってしまう職業病にでも陥ったのだろうか。今朝、スーツ姿の町田さんを見送った時、あの振り向き様に見せた気まずそうに「いってきます」と言う彼の顔を見たとき、どうしてそんな切なそうな顔をするの?どうして?僕が嫌になった?いつも僕には笑顔を向けてくれてたじゃない?
そんな事を考えながら窓辺に目をやると、ポツリポツリと水滴が硝子を濡らしていた。天気予報では今日は晴れだったはずだ。
町田さん、今日傘持っていってなかったよな。
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