第10話

俺達二人は、夜の新宿を歩いていた。


目的地は新宿二丁目。ゲイタウンとして有名な界隈だ。

二丁目が近付くにつれ、手を繋いで歩く男性カップルやゲイ向けの広告などが次第に増えてきた。

平日だったので、人はそう多くはなかった。欧米人らしき人が多かった印象がある。



二丁目は危ないという噂がある。

治安が悪い、ゲイに襲われるなど、内容は様々だ。


しかしそれは何度か足を運んでいる俺には、間違いであることはわかっていた。

治安が悪かった時期もあったそうだが、今はそんなことはないようだ。



我々が向かおうとしている店はいわゆるゲイバーだが、誰でも入店可という店だった。ゲイオンリーの店が一番多いそうだが、こういった観光バー的な店も沢山ある。

店内には、恰幅のある30代くらいのゲイ男性、メディアにもたまに露出するという、ツケまつげが半端ない厚化粧の女装家などがいた。



カウンターに2人並んで腰を掛けると、カウンター越しに「どうしたの、緊張した顔して」と声を掛けられた。


安健はかなり固くなっている。


狭い店だったが、周りを見ると他の客は楽しそうにワイワイやっていた。


そう、ゲイバーは楽しむところなのだ。

ここでゲイであることを公にしている人の中には、日常生活においてはそれを隠してストレートとして振る舞っている人も沢山いる。

そんな人たちも、ここでなら自分らしく居られる。ありのままに活き活きしていられる。


店員に、「君たちはストレート?」と聞かれた。

「いえ、彼だけストレートですよ」と俺は答えた。




「どう?意外に皆明るい雰囲気だろ?」俺が安健に言う。


「はい。」まだ緊張した面持ちで安健が答えた。



懐かしい。社会人に成り立ての頃はよく一夜の相手を探して通い詰めたものだ。今思えば、大学時代のあの淡い恋愛を忘れようと、夜な夜な遊びに明け暮れたのかもしれない。


ふと、横に座ってる安健を見る。なりゆきで、というか、俺が強引に部屋に引き釣り込んだけど、俺は一体彼をどうしたいのだろう。



散々遊んで来た自分…今は売れないホステスにつぎ込む隠居したじーさんと言った所だろうか。



「取材一日目としては、いい店なんじゃないか?店の雰囲気もいいし、観光バーだしな。」そう安健に俺は話しかけた。



「観光バー?」安健が不思議そうに聞き返す。



「ノーゲイオンリーってこと。誰でも入店可能な店なんだ。」



なるほどと、安健は改めて店を見渡して、ドライマティーニに口をつけた。






一頻り店内の雰囲気を楽しんだ所で、俺はトイレに行きたくなった。



安健を一人にしておくのは心配だったが、少しの間なら大丈夫だろう。



「ちょっと、トイレ行ってくるな」そう言い残し、席を立った。




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