第52話 雀荘『スクウェア』③
〇
あかねと莉愛が卓を囲むかたわら、ましろと宇田はソファの対面に腰を下ろして、しばらくふたりの様子をうかがっていた。
「……で、今日はどういう風の吹き回しだ?」
「と言いますと?」
「わざわざこんなところにまで、車を乗って来た理由は?」
「こんなところだなんて! スクウェアは、とっても素敵なお店じゃありませんか!」
ましろの反応に対して、宇田はわざとらしく大袈裟にため息を吐いて、ソファの背もたれにもたれかかる。そしてぎろりと睨みつけるようにましろに目をやり、
「出不精のお前が、現役のメンバー時代ならともかく、不慣れな運転までしてこんなところに来るはずがないだろう。いや、そもそも、『それ』だ」
「『それ』?」
「団体の中でもそれなりの地位で、不労所得もあるお前が、どうして今更ゴールデンタイムに戻ってきたんだ?」
城崎ましろという女性は、実はあかねが思う以上に、大人物である。
あかねの知るところでは、とあるプロ団体に所属する女流プロで、麻雀が強く、ゴールデンタイムの元メンバーで、お酒が弱く、そして兄である中井はじめに残念ながら懸想している、その程度である。
しかし真実は、プロ団体の中でもトップリーグに六年間君臨し続け、雀荘のゲストの入れば卓をすべてフリーで埋め尽くすほどの人気で、父親の生家である関西には不動産を持っている。
トップリーガー同士での頂点を決するタイトルもいちど奪取した記録があり、団体内女流人気投票では常に五位内は外さない。働かずとも食うには困らない収入もある。
そんな彼女が、再びゴールデンタイムで働きたいと筒井に連絡を取った時、筒井は驚きのあまり三度確認したほどだ。しかし彼女の思惑を聞いて、その驚きは納得へと変じた。
「それはもちろん、わたし、麻雀が大好きですから」
「…………」
おどけた顔でそう嘯くましろを、宇田は白々しくねめつけるが、いよいよ観念したように、読みかけの新聞に手を伸ばす。
「そう冷たくしないでください。実はですね――」
決してあかねには聞こえぬよう、小さな声でましろが囁いた途端、
三白眼気味の宇田の糸目が、大きく見開いた。
「はっ。なんだってまた。わざわざそんなことするかね」
「それはもちろん、わたし、麻雀が大好きですから」
先ほどと同じような表情で、ましろは微笑んだ。
「まぁ、そっちは分かった。それで、『あの子』は?」
「あの方は、中井あかねさんといいます。去年、ゴールデンタイムに入ってくれた、期待のホープさんです」
「中井? もしかして、はじめの妹か?」
「そうですそうです! ゴールデンタイムにも、はじめさんのご紹介で」
「ふーん。その割には、麻雀は下手だな」
「まだまだこれから伸び盛りですから」
かつては同じ職場で肩を並べていたましろと宇田が、旧知を温めているうちに、あかねたちの卓もどんどん回る。すでに東南戦四半荘が終了し、あかねは1-1-1-1のサイクルヒット。トップが小さかったことと、ゲーム代のために、あかねのチップは半分ほどに目減りしていた。
一方、莉愛は2-1-1-0。十年来のメンバー暦は、伊達ではないといったところか。
「そういえば、莉愛さんとはまだご結婚されないんですか?」
「……こんな商売だしな。いつどうなるとも分からんからな」
「莉愛さんは、きっと宇田さんからのプロポーズを心待ちにしてらっしゃるのに!」
久しぶりに会うたびに、ましろは宇田に毎度のことながらこう強弁しているが、彼らの関係性は、ここ五年間くらい変わる様子がない。
莉愛は、宇田がスクウェアをオープンする時に、知人の紹介で雇った立ち番専門の従業員であった。ドリンク注文や卓トラブルに応対してくれればいい、くらいの感覚で雇っていたが、いまや本走もこなす立派なメンバーだ。
むろんましろは、その頃からふたりを知っていて、年々じれったくなる気持ちと、しかし同時に羨ましい気持ちもある。
「いらっしゃいませ!」
「いらっしゃいませ!」
本走中の莉愛が、来店に気が付いて声を上げる。つられて、あかねも声を上げた。
「あれ、新しいメンバーの子?」
「違います……つい、くせで……」
恥ずかしそうに肩をすぼめるあかねに、さしもの宇田も苦笑い。
「新しいお客様もいらっしゃったことです、私たちはそろそろお暇しましょうか」
「は、はい……」
四半荘が終わって、さてこれから取り返してやるぞと意気込んでいたあかねは、歯切れ悪く答える。その様子を、ましろが微笑ましく思っていると、
「莉愛、代わるわ。三人で飯でも行ってきな」
「え、でも宇田くん入りだし、お店の状況が……」
総卓数五卓のスクウェアは、ゴールデンタイムとは違い、基本的には常駐メンバーはふたり。今日は宇田と莉愛のみのシフトであったから、宇田が本走になってしまうと、立ち番は莉愛だけになる。
そんな状況で、一時的とはいえ莉愛まで店を出てしまえば、隣で進むフリー卓のゲーム代をもらう人間すらいなくなってしまう。
「一時間くらいなら大丈夫だろ。状況が変わったら、また連絡する」
配牌を理牌しながら、宇田はそう言うと、財布から千円札を数枚取り出して莉愛に押し付ける。莉愛はなにか言いたげにしたが、すぐに宇田が麻雀に集中しはじめたから、悔しげにあっかんべーだけ投げつけた。
一連のやり取りを見ていてあかねは、おそるおそるといった風に、
「あの……宇田さんって、実はすごく優しい?」
「そうですよ。ただ、ちょっと伝え方が得意でないだけで」
「顔も陰気だしね」
「人の悪口言ってる暇あるなら、さっさと飯食って帰ってこい」
追い出されるようにして三人は、スクウェアのシャッターを開けて飛び出しのだった。
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