ましろ独立編

第53話 ※世間的な実話を一部含みます


 〇


 あかねにとってその日は、何気ないゴールデンタイムでの一日のはずだった。

 少なくとも、ましろのその言葉を聞くまでは。


「あかねさん。そういえば、あかねさんに言ってませんでしたっけ」

「なにをですかー?」


 店内は比較的のどかで、あかねは店内BGMに合わせて鼻歌なんて奏でながら、牌掃に勤しんでいた。

 

「私、今月末でゴールデンタイムを辞めることになりました」


 ちょっとコンビニ行ってきます、くらいの気軽さで、ましろがそんなことを言いだすもんだから、あかねは自分が言葉の意味を取り違えているのかと思った。


「え……辞める? 辞めるって、いなくなっちゃうってことですか!? 辞職、解雇、ファイア!!??」

「ファイア? とにかく、そういうことです。いままで、お世話になりました」


 深々とお辞儀をするましろ。あかねは、口をあんぐりと開けたまま、牌掃の手も止まったまま、それを見つめている。


「どうした中井ちゃん、ぶっさいくな顔して」


 ちょうど本走から戻ってきた東出が、間抜け面をさらしているあかねを見つけて、写真をパシャリ。

 しかし、あかねはそれどころではなく、胸ぐらを掴みかかるような勢いで東出に詰め寄り、


「まままままま、ましろがさんが、この店辞めるって!!!! し、ししし知ってました!!!!!?????」

「もちろん、知ってたぜ。先越されちまったなー」

「先越されたって、東出さんもこのお店辞めたいとか思ってるんですか!?」

「そりゃもちろん。辞めれるならいますぐ辞めたいところだけど、……実は、アウトが200万ついてて、それを完済するまでは……」

「え、え、え、そ、そうなんですか!?」


 動転しすぎて、ふだんならば鼻で笑っているような東出のジョークも真に受ける始末。


「冗談ですよ、あかねさん。落ち着いてください」

「あ、冗談かー。よかったー」

「私の方は、冗談ではないですよ?」


 一瞬、胸を撫でおろしかけたが、すぐにまた元のアホ面に戻って、「あう」だの「うぁ」だと、言葉にならぬ呻きを漏らし続けるあかねの手を、ましろは大切なものをそうするように握りしめる。


「ね、あかねさん。よければ、近々一緒にお食事に行きませんか? あおいさんや華ちゃんも誘って。みんなで、私の送迎会をしてくださいね?」

「ぜったいやります! ぜったい、ぜったいにやります!」


 にこりと微笑むましろに対して、いまにも泣き崩れそうな表情のあかね。そのふたりのやり取りに、さしもの東出も割って入ろうとはせず、やれやれと肩をすくめて、カウンターの中へすっこんでいった。


 ちなみに、その後、当然あかねはメンバーとしての仕事は手につかず、本走での成績も、△20000円という大負けを喫したのだった。

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