第51話 雀荘『スクウェア』②


 〇


 「よろしくお願いします!!」


 明朗かつ大きなあいさつと共にせり上がってきた配牌は良くもなく悪くもなく。起親ということで、チョンチョンを取って、さて第一打、としようとしたところで、


(あれ?)


 字牌を切り飛ばそうとした指先が震えていることに気が付いた。妙に思って、慎重に牌を摘み上げて丁寧に河に流す。

 たんたん、とリズムよく他家のツモが打牌が行われ、ふたたびあかねのツモ番。伸ばした指先は、山の牌を取りこぼす。


「す、すみません」


 ころりと転がった字牌を河に並べる。


 なにかがおかしい。いつもと変わらぬ麻雀のはず。ゴールデンタイムの本走と変わらないはず。牌の大きさも、卓の高さも、同じ。だのに、牌の操作がいまいちおぼつかない。

 理牌をしようとして、またしてもぽろぽろと見せ牌までしてしまう始末。


「ふふ。あかねさん、落ち着いて。深呼吸ですよ」


 背後から見守るましろにそう言われて、大きく息を吸う、吐く。体の震えが、すこしマシになったような気がした。


「やっぱり初めてのお店に来ると、多少は緊張してしまいますからね。特にあかねさんは、ゴールデンタイム以外には、ほかのお店に行ったことがありませんでしたよね?」

「は、はひ」


 いつもなら片手間にできているはずの雑談も、いまは余裕がない。


「私、緊張してるんですかね?」

「傍から見ても分かるくらいには。ほら、もっと肩の力を抜いて」


 もういちど、深呼吸。それでも足りないから、二回、三回と繰り返し、肩をまわしたところで、ようやくあかねは、自分の身体から無駄な力の抜けていくのを実感する。


「ロン」


 と言ったところで、ほとんど無意識に切った4ソウが、南家の仕掛けに刺さって平局。1300点の支払い。


 続く東二局。こんどはもう大丈夫と意気込んだ配牌は、先ほどとさほども変わらない様相。ひとまず字牌を処理しながら、手なりで様子を見る。


 着卓から五分ほど経ち、ようやく同卓者たちの顔を見回せるほどの余裕も戻ってきた。ついでに別卓の状況もちらりと確認する。

 平日だというのに、フリー二卓とセット四卓。しかもあかねが入る方はまるで回っている。ゴールデンタイムに勝るとも劣らない賑やかさだが、なんだか違和感がある。それがなんなのかは分からないが、強いていうなら、ゴールデンタイムとはなにかが違う、という直感である。


 いったいなにが違うのかしら、と考えようとするが、南家の「ツモ」の一声と、続く点棒申告であかねの思考は打ち切られた。6000オール。


 いかに緊張がほぐれたとはいえ、麻雀以外のことをを考えている余裕はない。あかねは自分の麻雀の腕前がまだまだであることを自覚している。

 いまはとにかく目の前の麻雀に集中しよう。あとのことは、それからだ。


 東三局、東四局……そしてオーラス。結局、親の跳満をツモ上がった点棒をまくることは出来ず、一半荘目のあかねの成績は三着に終わった。

 このままでは終われない。ぎゃふんと言わしてやると意気込むも、ラス半コールをかけていたようで、勝ち抜けていってしまった。空いた席に座ったのは、


「よしっ。本走です、よろしくお願いします。あかねちゃん、よろしくね」

「こ、こちらこそ!」


 勤続10年、雀荘『スクウェア』創設メンバーの莉愛であった。せっかくほぐれかけていた緊張がふたたび体を支配しそうなるのを自覚して、あかねはまたしても深呼吸。

 その様子をほほえましく笑いながら、莉愛はスタートボタンに手を伸ばした。


 

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