第49話 夜デート
〇
とある日の大学。
あかねは、あくびを噛み殺しながら、二限目の教室へ向かっていた。
昨日はゴールデンタイムを上がった後、すこし客打ちをしてしまったために、家に帰ったのは朝方。それからベッドでゴロゴロしている内に家を出なければいけない時刻になってしまったために、すでに眠気は頂点に達しようとしていた。
むしろいま立って歩いているのが不思議なくらい。
いっそ次の講義は自主休講してしまおうか、そんな考えが頭をもたげてきた時、不意に携帯が鳴って、ちょっと目が覚める。
『もしもし、あかねさんですか? ましろです』
「ましろさん! おはようございます」
『うふふ。もうお昼ですよ。あかねさん、いまはお電話大丈夫ですか?』
「大丈夫です。どうしたんですか?」
ましろから電話がかかってくるなんて珍しい。というか、初めてかもしれない。なにか用件がある時は、たいていゴールデンタイムで顔を合わせた時に話してくれるので、すこし訝しむようにあかねは応えた。
『そうですね。ちょっとしたデートのお誘いです。今晩、お暇ですか?』
「もちろんです! よろこんで!」
ついさっきまでは、大学が終わり次第家に帰って、明日の朝まで眠ってやろうなどと思っていたが、ましろの誘いとなれば予定変更だ。
『ありがとうございます。では、10時くらいにお迎えに参ります。それでは』
通話を切って、むふんと鼻息を漏らす。ましろの方からデートに誘ってくれるなんて、今日はなんと良い日なのか!
そうとなれば、これからのあかねの行動は――
家に帰って眠る、である。
それもぐっすり、たっぷり。
そして八時間後。
身支度を整えたあかねは、ましろの連絡をいまかいまかと待ちわびていた。体調は万全。体力十分、気力十分。化粧もいつもよりすこし丁寧に。
服装も気合を入れようと思ったが、逆に張り切りすぎだと思われても嫌なので、ゴールデンタイムにシフトインする時よりかは女の子らしい程度の恰好にとどめておく。
そこでふと気付く。こんな時間に、いったいどこに連れて行ってくれるのだろうか。食事にしてはすこし遅い。どこか遊びに行くにしたって、だいぶ遅い。
首を傾げていると、ましろからの着信が鳴って、通話を取りながら慌てて、ぱたぱたと降りていく。
「こんばんは、あかねさん。隣、どうぞ」
「し、失礼します」
マンションに下で待っていたのは、運転席に座るましろであった。ましろさん、運転できたんですね、という言葉をぐっと飲みこんで、助手席に乗り込む。
「この車、筒井さんから借りたんですけど、ちょっと操作が難しくって……。事故を起こしてしまったらごめんなさい」
「い、いえ……ましろさんを信頼しています!」
「あ、ちゃんと御経は上げますから、安心してくださいね」
ましろなりのジョークなのか、まったく笑えない。
ともかく、不慣れなましろのハンドリングに命を預けつつ、あかねたちは夜の幹線道路を走る。二十分、三十分となったところで、
「あの、どこに連れて行ってくれるんですか?」
「うふふ。ついてからのお楽しみです」
はぐらかされてしまった。
とはいえ、悪いようにはされないだろう。問題は、無事たどり着けるかどうかだ。
そして、
「ここですね。えっと、駐車場は……」
到着したのは、国道からすこし住宅地の方へ入った路地。ぱっと周囲を見渡して見えるのは、マンションと駐車場、それからバーの看板くらい。
なおさら首を傾げるあかね。こんなところで、いったいなにが始まろうというのか。
「そんな顔をしないでくださいな。きっと、あかねさんは喜ばれるでしょうから」
そう言いながら車から降りたましろは、あかねの手を引いて、もう一本奥まった路地へと歩いていく。
いよいよ不思議が不安に変じかけようとした時、小さくましろが「ここです」と呟いた。
目の前には数軒の建物が並んだ平屋。いずれもシャッターが閉まっている。その中の一軒、一番右の戸口の前で、ふたりは立ち止まる。
果たして――
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