第40話 ゴールデンタイムで一番暇な日②


 〇


 ほかに話題に上るような人物といえば、残るはあおいくらいのもの。彼女のことを口にだそうとして、


「そういえば、あおいさん最近見ないですけど、どうしてるんですか?」


 半年前くらいならば、ゴールデンタイムのシフト外の日にでも、折を見て顔を出すこともあったが、近頃はとんと見ない。シフト表によれば、週に一本は入っているようだが、むろんあかねとは別の曜日で、この二ヶ月は見ていない。


「あおいさんなら、いまはキャバクラの方が忙しいらしいよ。まぁ、向こうの方が稼ぎもいいだろうし、また暇になったらその内戻ってくるっしょ」


 東出が訳知り顔で答えた。

 なんとはなしに、あかねは今のやり取りに、ほんの小さな違和感を覚える。具体的に何が、と言われると言葉で説明できないのだが。


 そんな些細な引っかかりは、への興味で押し流される。


「あおいさんのタイプの人って、どんなのかちょっと想像付かないなぁ……」


 実はかつて、丸川の店であおいに彼氏がいるかどうか尋ねてみているが、その記憶は当然ない。その後も特にそういった類の話をする機会が得られなかったために、彼女の交友関係についてはあかねはほとんど何も知らない。


「なんとなぁくだけど、年下好きそう」


 目をつむったままの当て推量を、自分よりもあおいと付き合いの長いふたりに披露してみせると、ましろはうふふと笑いながら頷き、東出もまた困ったように頭を掻きながら頷いた。

 当たらずとも遠からず、というようなリアクションだが、二者択一の当て物に対して、彼女らの中途半端な反応は何を意味しているのだろうか。


「本人の意見はともかく、あおいさんの今まで付き合ってた人が、全員年下、とか?」


 他家の当たり牌の察知は不得手だが、このテの話題におけるあかねの勘の鋭さは、東出、ましろをはるかに凌ぐ。そして、ふたりの微妙な顔色の変化から、それが事実らしいと判断し、


「それで、東出さんが元彼だったりして、……」


 冗談半分、カマかけ半分の呟きだったが、目の前の先輩たちは、まるっきり同じ顔をしている。目を見開いて、口を半開きの表情。


「だ、だれかから聞いたのか?」


 なにがあってもふだんは飄々としている東出が、慌てふためいているもんだから面白い。


「いや、半分くらいジョークのつもりだったんですけど、まさか図星とは」


 ここに至って、自分が誘導尋問にまんまと引っ掛かったことにようやく気が付いて、東出は自分の顔を覆って肩をすくめた。


「しかし東出さんが、あおいさんと……。なるほどなるほど、へぇ、……。もしかして、あの日、丸川さんのところにいたのも?」

「ああ、そうだよ」


 不機嫌そうに鼻を鳴らしてぶっきらぼうに答える。態度こそ無愛想だが、どこか演技めいていて、本当に怒っている訳ではなさそうだ。照れ隠しだろう。


 いちど別れてなお仲は険悪ではない、というのは、案外希少な例である。少なくともあかねは、今まで付き合ってきた男四人については徹底的にこき下ろすことに抵抗がないどころか、むしろ嬉々として直接罵ってやりたいくらいである。

 また、東出とあおいのふたりの関係性が明らかになって、あかねは先ほどの違和感に合点がいった。


「でも振られちゃったんですね。まぁ、東出さん、甲斐性なさそうですし」


 にひひと笑いながら、からかうつもりで発した言葉に、東出は一瞬片眉を跳ねあげ、


「ああ、まぁね」


 と、いつものひょうきんさの欠片もない、苦しそうな、短い返事。


 しまった。


 色恋沙汰のみならず、他人の機微に敏いあかねは、自分が彼のデリケートな部分に、無神経にも引っかき傷をつけてしまったことを悟った。


 これ以上、踏み込むのはまずい。


 が、かといって、あかねが下手なフォローをしようものなら、余計に傷口を荒らしかねない。どう話し始めたものかと、数瞬の逡巡の間隙を突いて、


「でも、東出さんには大きな野望があるんでしょう? わたし、存じ上げているんですよ?」


 ましろからの援護射撃。どうやら、惚れた腫れたの話ではなさそうで、ひと安心。

 ましろの物知り顔にしばし困惑した表情を浮かべていたが、すぐにピンと来たようで、


「それこそいったい誰に聞いたんすか!まだ筒井さんにも、あおいさんにも話してないっすよ」

「うふふ、秘密です。こればかりは、あかねさんにもお教えできませんね」

「っていうか、誰にも言ってないはずなのに、もしかしてましろさんエスパーっすか?」

「そんな大それたものではありません。ただひとつ、応援もかねてわたしから申し上げることがあるとすれば──」


 ましろが東出の耳元で、そっと何かを囁いた。驚くように目を丸くして、それからなにか考えるように細くし、


「そういうことだったんすね。でも、それ応援になってるっすか?」


 困ったように破顔した。

 東出の表情に、先程のような沈痛そうなものはない。ましろの機転にまったく助けられた。


 それにしても、東出の野望とはなにかしら。ましろの耳打ちの内容も気になる。東出も良い年であるから、結婚ということはないだろうかとも思ったが、彼の反応からしてその線も薄そうだ。その上、色恋の話で気まずいところに、その延長線上の話柄を投げかけるほど、ましろがとんちきとは思えない(そもそも、恋愛初心者のこじらせ乙女のましろが、いわんや、であるが)。


 あかねの思考は、しかし、来客ベルの音に掻き消えた。本日のお客様、第一号である。


「いらっしゃいませ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る