一人前メンバーあかね編
第41話 お店の利益とお客の利益①
〇
本走から帰ってきた華が、手元のチップを数え、その成績と打った半荘数を黒字で記録しているのを、あかねはぼんやり眺めていた。華もすっかり本走には慣れたようで、その一部始終も、今日の暇にかまけてあかねはずっと観察していたのだった。
「四方津さんってさ、マイペースだよね」
ひとまず今回の入りもプラス収支で終えれたことに、満足気に頷く華の隣で、あかねが気の抜けたような声を漏らす。
「はい?」
小首を傾げて、あかねの含むところをくみ取ろうとする。が、意味は分かるが意図がつかめない。聞き返すように、
「はい?」
こんどは反対側に首を折り曲げて、華はむすっと眉頭をひそめた。
出会った当初こそ、なんと接しがたい子で手を焼くに違いないと思っていたが、二カ月の月日とともに、今ではむしろずいぶん感情豊かな女の子であると、あかねは華を評価している。
勤務中はあくまでその起伏をなるべく抑え込んでいるだけで、ゴールデンタイムの外、例えば大学内で男と並んで歩いているところに鉢合わせた時なんかは、それはもう、鳩が突撃銃の乱射乱発を食ったような顔をしていた。
そしてまた、自身が同年代の女子と比しても小さな体をしていることを気にしていて、そのコンプレックス故か、プライドが高い。侮られている、と感じるとむっとして、しかし根が小心者のために、食ってかかる訳でもなく、気持ちの行き場を見失う。
「あ、いや、貶してる訳じゃないから、そんな不安そうな顔しないで」
ここ二週間で、あかねはその心情の変化を、微細な表情の変化からすっかり読み取れる。そしてそれを指摘する時、華は決まって、
「してませんけど」
つんと澄ましてそっぽを向く。これをいじらしいと思えるようになったのは、我ながら格段の進化ではないかしらと、あかねは内心自負している。
「うーんと、よく言えばマイペース。悪く言えば頑固、って感じ?」
「……やっぱりそれっと馬鹿にしていませんか?」
「違うよ! 例えば、四方津さんって、本走中に誰と同卓していても、絶対自分の打つペースは変わらないでしょ?」
具体的な話をされて、華もようやく合点がいく。
「私なんて、むかしはそれで結構大変な目にもあってさ」
一番鮮烈なのは、信濃宮崎と囲んだ初本走の三人打ちの記憶。当時は、麻雀の腕もまだまだ未熟で、牌捌きもいまほどこなれていなかったために、あれれあれよと彼らのペースに乗せられている内に、ただただ牌に描いてある絵柄を揃えるばかりだった。
「確かに、お客様にとって心地の良い打牌スピードに合わせることも、接客のひとつだとは思いますが……それでも、やっぱり自分のお金で打っている以上は、やりすぎは禁物、と思います。それに、今のところそれについて苦情を頂いたこともありませんし」
実際、華の打牌までにかかる時間はそれほど早い訳ではないし、どころか、いまのあかねよりも少し遅いくらいである。だが、あかね自身も同卓していて彼女が遅いと感じたことはない。
「華ちゃんが入ってくるちょっと前にましろさんに教わったんだけど、本走中はリズムを大切にしなさい、って。打牌のスピード自体が遅くても、ツモって手に入れて、切るまでのテンポが滞りなく進むと、そんなに気にならないんだって」
ちなみにましろのこの教えは、接客技術について言及されただけではなく、麻雀そのものの技術とも関わってる。打牌リズムを常に一定に保つことによって、聴牌気配の臭い立つのを少しでも防ぐ効果に繋がる。
ふとあかねは、ちらりと華の本走中のフリーの記録を見やった。これには、各プレイヤーの着順、各半荘の始まった時刻が記録されている。
「自分が本走中の、一半荘あたりにかかる時間とかって、気にしたことある?」
三本打った華のそれは、平均一時間分。あかねで五十分ほどで、いかにこれを三十分に近づけつつ、自分の成績を落とさないようにするかを、ひそかな最近の目標としている。
「いえ、特に気にしたことはありません。そもそも、自分ひとりでどうにかできるようなものでもないと思いますし」
「そういう風に私も思ってたんだけど、……ほら、これ」
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