第36話 メンバー同士の恋愛でうまくいった例を、あまり聞いたことがない②


 〇


 なんとかビールの量を節制して、ジョッキ三杯に抑えて食事を終えたあかねは、ビールに代わって大量の米粒を押し込んでしまったために、胃が重い。一方お会計を終えた後の財布は軽い。

 華はお手洗いを済ませてから出てくるというので、丸川に別れを告げて、扉を開く。と、


「中井ちゃんじゃん」

「あれ、東出さん」


 店ののれんをくぐったところで、東出と鉢合わせた。


「なに、もしかして、?」


 親指を立てる東出を鼻で笑って、


「それよりももっとと、です。それより東出さんこそ、じゃないんですか?」


 にやりと笑いながら、こんどはあかねが小指を立ててみせる。飄然と受け流されるかのように思えたが、


「あー、いや、なんというか。別にそういう訳ではないんだが」

 なんて、頭を掻き掻き、らしくもないはぐらかし方をするもんだから、これは図星かと踏む。下衆の勘繰り、というやつである。


「でしたら、私はお邪魔ですかねー。さっさと退散することにしますー」


 冗談交じりに拗ねた口ぶりも、


「ああ、うん。まぁ、そうしてくれると、助かる」


 たどたどしい返答に誤魔化されて、あかねは調子が狂う。


「あかねさん、お待たせしました」


 もう少し突っ込んで事情を聞いてやろうかと思ったタイミングで、華が出てきたので、渋々矛を収める。東出も、ほっとしたように視線を逸らすから、なおさら怪しいというものだ。


って四方津さんのことか。そりゃ、うらやましいね」

「東出さんには渡しませんからね。彼女さんとごはん楽しんでください。行こ、華ちゃん」


 あっかんべーしながら、あかねは華の手を引いてその場を後にしたのであった。


 ちなみに、後日、勤務中に調子に乗って華をファーストネーム呼びしたところ、ものすごい剣幕が睨まれたあかねであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る