第17話 メンバー同士の恋愛でうまくいった例を、あまり聞いたことがない
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出勤時のあかねの威勢の良いあいさつも、今ではゴールデンタイム名物のようなものだ。待ってましたと言わんばかりに、おはようと返してくれる客もいるくらいだ。
「あ、東出さん、おはようございます」
休憩中なのか、ソファでくつろいでいる東出を見つけて、彼にも大きな声であいさつ。
「おはよう中井ちゃん。……どうしたの、調子悪そうだね」
あかねの気丈な空元気をいち早く、めざとく見つけ出した東出は、首を傾げながら、頭のてっぺんからつま先まで彼女を睥睨する。
「靴下を右左間違えて履くと、力が出ない人?」
「靴下は関係ないです!」
しかも、靴下の柄違いまで見抜かれてしまったもんだから、恥ずかしいったらない。
「実は昨日、というか今日、かくかくしかじかで……」
事のあらましをかいつまんで説明する。そういう訳だから、靴下のことも仕方ない、と締めくくるが、それはものぐさなだけと返されて、返す言葉もない。
「丸川さんとこ行ったんだ。あそこ、うまいよなぁ。けど、ビールだけでつぶれるって、何杯飲んだんだ?」
けらけらと小馬鹿にするように笑う。東出は、笑うと、ただでさえ細い目がさらに線のようになる。
なにか、思い出せそうな気がして、しかしすぐに頭がずきりと痛んで諦めた。
「東出さんも、行ったことあるんですか?」
「うん、何回かね」
言いながら、東出がポケットから取り出した煙草のパッケージに、あかねは見覚えがあった。煙草を吸わないあかねにとって、知っている銘柄はゴールデンタイムで置いてあるものだけで、東出のそれは、そのどれとも違う。だのに、なぜか見覚えがある。
「東出さん、それ、何かで有名な煙草だったりします?」
「別にそんなことないよ。なに、煙草吸いたいの?」
「そういう訳じゃないんですけど……なんか、見覚えがあって」
東出は目を細めた。そして口の中で煙をためると、勢いよくあかねに吐き出した。
「わっ、なにするんですか!」
「オコチャマにはまだ早いね」
「もう二十歳超えてます!」
「酒飲んで酔いつぶれて記憶トンでるようじゃ、まだまだ」
「じゃあ、大人は酔いつぶれても憶えてるっていうんですか!」
あかねの反駁に、東出は動きを止めた。煙草の煙が、ゆらゆら立ち上る。
「大人はねぇ、忘れたくっても忘れられないもんだよ」
なんて意味深なことを言うもんだから、二の句が継げず、押し黙った。ふだんは軽薄な、ひょうきんな東出の、いつになく真剣な――本走中ですら、見たことがないほどに――表情を、あかねが今まで見たことなかった。
「ちょっと煙草買ってくるね。すぐそこのコンビニ」
そしてごまかすように、逃げるように、エレベーターに乗り込んでいってしまって、やきもきする。やるかたない。
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