第18話 『印象操作』
〇
ちょうど入れ違うタイミングで、再びエレベーターが昇ってきて、あかねは頭を切り替える。
「いらっしゃいませ! って、丸川さん」
「おう、あかねちゃん。昨日は大変だったな」
現れたのは、まさに話題にのぼっていた焼肉屋店主丸川で、改めて会うと、ちょっとした威圧感がある。きっと、あおいに紹介されていなければ、一生関わり合うことのなかったような人だろう。そう思うと、なんだかちょっと嬉しくなる。
「打てる?」
「大丈夫です! えっと……」
新たに来店したお客をフリーに案内する時には、いくつか決まりごとがある。
ひとつは当然、メンバーの本走している卓であること。もしもフリーが丸で回っている時は、メンバーを入れてツーメンで立てるか、もしくは、卓割りを再編する必要がある。
そしてもうひとつは、適当な状況であるか。「適当」の定義は店によってまちまちだが、例えば、南二局のようにスタートからずいぶん進行してしまった局面からお客に入ってもらう訳にもいかないし、東二局といえど、点棒状況が大きく崩れた場面では、他の同卓者から不平が出かねない。
それから、他家のリーチが掛かっているような状況も望ましくない。これは言わずもがなである。
「東二局親番、24000点持。先制リーチ打ってます」
「ああ、じゃあそこ入るわ」
ちなみに、こういう時に、今まで本走していたメンバーはやりきれない。せっかくの親番で先制リーチを仕掛けられたのに、お客様優先で交代しなければならないのだから。あかねも何度か経験しているが、理不尽すら感じる。
丸川の麻雀を打つ手つきは、その節くれだった指先とは裏腹に、丁寧できれいだ。いかにも打ちなれている。
「あかねちゃん、結構負けてるんだってな」
「はい……」
うしろで見惚れていたあかねに話しかけながらも、その動作によどみはない。滑らかに壁牌まで腕が伸びて、盲牌だけで判断して、ツモ切る。
「おっと、ツモ、4000オール。悪いね、譲ってもらって」
先ほどまで入っていたメンバーは苦笑いするほかない。
「俺の麻雀でよかったら見てきな。そこまで、達者なものではないけどよ」
後ろからの立ち見を、特に、じっと観察されることを気にするお客は多い。ある程度仲の良くなった人ならばともかく、向こうからそう言ってくれるのはありがたい。
それから三時間、ドリンクの注文や卓掃の合間合間に、丸川の麻雀を見続けた。彼の麻雀は、端的に言って、力強かった。子のリーチ程度なら、リャンシャンテンの形からでも押し返し、追っかけリーチをかぶせ、そして見事に打ちとってみせたり。時には、二枚切れのカンチャンでも聴牌即リーを敢行、結果、後筋ひっかけの形になって、出和了したり。
いまの自分には真似のできない打ち方であった。が、引き出しひとつ増えたような気がする。
休憩に入って、あかねは、丸川の麻雀の疑問点をノートにまとめていた。タイミングがあったら聞いてみよう。そう思った矢先、
「あかねちゃん、休憩中だったか?」
「はい。丸川さん、もう終わったんですか?」
「これから店の仕込みだからな」
「ちょっとお時間もらえたりしませんか?」
言って、ノートにまとめた疑問や自分の考えとは違うところを質問していく。丸川も悪い気はしないようで、逐一、優しく応対してくれる。
「あと、ここのダマテンなんですけど。巡目も浅いし、待ちも良いし、私だったらリーチしてると思うんですけど……」
「おお、あれか。あれは、一種の『印象操作』みたいなもんだな」
耳慣れない単語が飛び出してきて、思わず困惑顔になる。
「まあちょっとした小細工だな。例えば、ある人がやたらと筋ひっかけしてくるとして、そういう人のリーチ宣言牌が、四萬だったり、五筒だったりしたら、ちょっとその筋を切りにくいだろう?」
なるほど。それで、印象操作、という訳か。とはいえ、いまの例えでは、あかねの疑問点とはあまり結びつかず、腑に落ちない。
「前局にヤミで満貫、跳満を和了った後に、先制リーチを打たれたりすると、ちょっと怖いだろう? もしかすると、今回も手が入ってるんじゃないか、高いんじゃないか、って風に」
「な、なるほど……」
「麻雀ってのは人がするゲームだからな、印象ってのは案外大切なんだ。この人のリーチは怖い、とか思わせられたなら儲けモンだ。それだけで、リーチに対して、強く来られなくなったりするからな。よく『流れ』っていうのをみんな言うが、相手に『流れがある』って思ってもらえるだけで、ずいぶん楽に麻雀が打てる」
東出が言っていた、「メンタル」とはまた違った麻雀の部分。あかねもまた、知らず知らずの内に意識していたはずである。この人は強いから、きっと好形のリーチを打ってきているはずだ――蓋を開けて見れば、ただのカンウーピンなんてこともままあった。麻雀の強さと待ちは関係がないはずなのに!
「おっと、そろそろ行かないと。また店の方にも来てくれよ」
「はい! ありがとうございました!」
麻雀を上手く打とうとしすぎている。
あおいの言葉が、すこし分かったような気がした、あかねであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます