第31話 ちゃんと先輩できるのか?


 〇


「—―っていうことがあったんだけどさぁ」


 時刻は昼下がり。場所は校内カフェテラス。


「ふぅん。ええやん、後輩できて」


 向き合う相手は南条。カフェオレをストローで飲みながら、話半分、という様子である。


「たしかに、後輩ができたのはうれしいんだけどさぁ」


 本日のあかねの昼食はサンドイッチひとつと百円のコーヒー。以前の、コーヒー一杯だけという昼食に比べ、はるかにランチらしい様相を呈してはいるが、南条のそれと比較すると、やはり見劣りはする。というのも、実は先月、麻雀の調子が揮わず、少しお財布事情が厳しいのである。


「どうにも苦手な感じというか」


 サンドイッチを平らげてなお空腹を感じたために、南条のホットドッグに手を伸ばしかけたところ、しっしと払いのけられる。


「ほんで、サークル入ってるうちに相談ってことかいな」

「そういうこと」


 南条、カフェオレを一口。もごもごと口を動かして、少々考える素振り。

 現在、ラクロスサークルの副部長を務めるにまで至った南条のことであるから、きっとなにかしらの、妙案を出してくれるものと期待していたが、


「知らんわ、そんなん」


 すげなくあしらわれる。


「そんな!」

「そんな知るかいな。うちかて、自分と性格ちゃうような子とは疎遠にしてるし、全員が全員と仲ええ訳でもないし」

「でも、ほら、直接指導してる後輩とかいるでしょ?」

「おらんこっちゃないけど、……」


 南条、再び少考。中身のなくなったストローの吸い口をガジガジ噛みながら、耳たぶをなぞる仕草。


「やっぱ知らんわ、そんなん。後輩と性格合えへんって、そもそも、先輩後輩関係あらへんやん。自分でなんとかしぃや」


 今回の相談のウィークポイントを突かれて、あかねもうなだれるほかない。


「それに、喋ってみたら以外と馬合うっちゅうことも、けっこうあるで」

「それは……そうなんだろうけど……」


 返答に窮して、あかねは押し黙る。例えばましろがその好例である。初対面では、いかにも取っつきづらそうな印象であったが、酒を飲みかわし、同じフロアで働く内に、今では冗談も言い合える仲である。とはいえ、彼女の男性の好みについては閉口せざるをえないが。


「ちゅーか中井ちゃん、後輩の性格が云々じゃなくって、ただ単に自分がちゃんと先輩としてふるまえるかが心配なだけやろ?」


 ぐさりと南条に腹心を見抜かれて、あかねは心臓をぎゅっと掴まれたような心地になった。ぐぅ、とうめき声すら漏らして、言外に彼女の指摘がまさしく真実であることを告げる。


「図星かいな。まぁ、気持ちは分からんでもけど」


 呆れた、とでもいう風に南条は鼻で笑って見せる。

 我ながら隠し立てするような内容では思いながらも、ちっぽけなプライドが邪魔をして、あまつさえ、看破されてしまって、いよいよ恥ずかしい。


「よっしゃ、ほな――」


 南条が立ち上がって、腰に手を当て、あかねの目をまっすぐと見つめる。


「なにかいいアドバイスあるの?」


 さすが南条。という言葉は発する前に遮られ、


「うちが、中井ちゃんがちゃんとメンバーできてるか見たるわ!」


 と、予想だにしない回答が飛んできて、あかねは首を傾げた。

 どういうこと、と尋ねる前にまたしても南条が遮って、


「今日うちバイト休みやねん。中井ちゃんは、今日バイト?」

「そうだけど……」

「ほな、中井ちゃんと一緒にゴールデンタイム行くわ! あんじょう仕事しぃや!」


 関西人特有(?)の押しの強さで以て、強引に物事が進んでいく。気付いた時には、あかねは、南条を連れ添って、立川テナントビルの前に、立ち尽くしていた。


「こんなところにあったんやな。ええやん、下宿、ちこて」

「うん、まあね」


 イマイチ乗り気でないあかねの面持ちは、ご機嫌の南条とは正反対に沈痛で、対応も素っ気ない。


「にしても、中井ちゃん……ふぅん」


 顎に指を当て、あかねの立ち姿を、まるでファッションチェックでもするかのようにしげしげと見定めるものだから、こそばゆい。変てこな恰好をしているつもりはないから、見られて恥ずかしいものでもないのだが。


「それが仕事のカッコなんやな。髪の毛くくってるんや」

「最近長くなってきたから。前髪だけでも切ろうかな」


 前髪の先をいじりながら、ちらと南条を盗み見る。服装の話をするならば、南条の方がよっぽどふだんのそれとは違う。

 ただでさえ、あかねよりも十センチは背丈が高く、今日は底のあるブーツまで履いて、そこいらの男性なんかよりも高身長を演出した南条の本日の衣装は、レザージャケットに黒パンツ、足元まで全身黒づくめ。胸元に光るシルバーがアクセントになって、ぎゅっと引き締まった感がある。

 ふだんからラクロスに精を出す彼女の体つきは、筋肉質でありながら決して女性らしさは損なわれておらず、ちょっとした男装女優みたいな出で立ちである。


「なに?」


 あかねの視線に気付いた南条が顎をしゃくる。その表情に照れもてらいもないから、むしろこっちが恥ずかしくなる。


「ううん、いこっか。今日はましろさんもいるよ」

「ほんまに? やった!」


 そういえば、南条がのファンであることを思い出して、口にする。体の前で小さくガッツポーズ。


「おはようございまーす!」


 今日も元気に挨拶から。ついでに店内の状況も確認する。せっかく来てくれたのだから、できるだけ南条の相手をしていたいが、あまりにも忙しいとそうも言ってられない。


「おはようございます、あかねさん。あら、そちらは……」

「南条っていいます。覚えてはらないですか?」

「確か……あそこの居酒屋の店員さん、ですよね?」

「そうです! 今日は麻雀打ちに来ました!」


 南条のの発音はちょっと面白い。普通の人やメディアのイントネーションは、「」と同じ、語尾が上がる抑揚だが、彼女は「素麺」と同じそれ。聞くところによると、関西は大阪特有のものらしいが、毎度のことながら、笑ってしまいそうになる。


「南条さんは、大阪から来られているんですか?」

「はい、そうです。やっぱりわかります?」

「祖父が大阪の生まれでして……。ということは、南条さんは三人打ちの方がよろしいですか?」

「わがまま言わしてもらえるんやったらそっちの方が嬉しいですけど……いま、四人打ちしか立ってへん感じですよね」


 現在のゴールデンタイムの卓状況は、四人打ちフリーが一卓のセットが三卓。東出が本走として入っているため、そのまま東出と代わってもらうのが一番自然である。


「せっかくいらしてくれたのですから、ツーメンで立てますね。あかねさんは……」


 首をぶんぶん振って断固拒否の姿勢。当然打てないことはないのだが、三人麻雀にはあまり良い思い出がない。それに、五筒、五索がぜんぶドラな上に抜きドラまで入っているドラ麻雀というのは、やはりあかねの性に合わない。


「では、私と西戸さんで立てましょうか。もしかすると、そちらの卓がワン欠けになるかもしれませんので、その時はすこしお待ちいただいてください」

「よろしくお願いします。むっちゃ緊張しますわ」


 三者着席。いざや賽は投げられた。



 

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