第32話 三人打ちは煩悩で打つ麻雀
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実のところ、あかねはあまり南条の麻雀を知らない。というのも、ゴールデンタイムに入ってからは南条ら友人とセットを囲む時間など取れず、また、ゴールデンタイムに入る前は、わざわざ他人の麻雀になど意識を向けたことがなかったから。
しかも、大学の友人たちとしていたのはほとんど四人打ちばかりであり、彼女がどういう麻雀を打つのか、興味津々である。
「南条って、変なツモり方するよね」
ふと、気付いたのは、牌捌きの面。南条の牌の取り扱いもましろに負けず劣らず丁寧で、いかにも玄人感がにじみ出ているが、その中でも特別気にかかったのは、彼女の牌の取り方。人差し指と中指でずらして、親指で支えてつまむのではなく、親指でずらして中指でつまむというもので、少なくともあかねは今まで見たことがない。
「中指盲牌のこと?」
「あ、それ盲牌してるんだ。すごいなぁ、私、できないから」
「盲牌なんかせんでええよ。コシの原因なってまうしな」
「コシ?」
これまた聞いたことのない言葉。すかさずましろが、
「例えば、上家の打牌に対して、チーするかどうか少考することがあるでしょう? ほかにも、萬子待ちリーチをしていて、和了牌にならない萬子を引いてきて、思わずちょっと反応してしまうことも。これらは、いわば自分の手牌の情報を他家に晒す行為として、ルールによってはペナルティが課されることもあるんです」
「例えば、ウチが家族で麻雀する時は、その色で和了られへんとかな。字牌でコシってもうたら、字牌で和了られへん」
実際のところ、あかねは他のこなれたメンバーに比べて、上家と打牌に対して悩むことが多い。働き始めの頃は、筒井やあおいから、嫌がるお客様も多いから、できるだけよすようにと言われていたが、未だに思わず反応することが多い。
もしそんなルールを採用されてしまった日には、一半荘どころか、本走中まるまるノー和了なんてことも起りかねない。想像して、身震いしちゃう。
「せやから、盲牌して、三、六索で張ってるとこに、よう似てる九索でコシってもうたら、しょうもないやろ? なんぼふだんから間違えることない言うても、百発百中なんかありえへんし」
南條の言には一理も二理もある。最近、シフト中暇があれば盲牌の練習などしていたが、やめておこうかしらとも考える。
「まぁ、でも────」
南條が、例の自摸動作で山から牌を一枚つまみ上げる。
「できたら、かっこいいけどな!」
そのままするりと腕を低空飛行のまま引き寄せて、
「ツモ!」
和了牌を叩きつける。パチンッという、破裂音にも似た独特の爽快な音が響き渡る。その光景だけを切り取ると、まるで漫画やアニメのワンシーンのようにも見えて、南條の男前の風体もあいまって、惚れ惚れする。
が、実際はただのマナー違反。すぐさま我に返って、
「引きヅモ禁止!」
「ああ、すまん。もうせぇへんから、堪忍してや!」
雀荘では、引きヅモは威嚇行為の一種として禁止である。
「もう、憧れの城崎プロと打てるからって興奮しすぎ」
「うっさいなぁ。しゃあないやんか、ちょっとくらいはしゃいでまうがな。あ、中井ちゃん、あっちお客さん呼んでるんちゃうか、はよ行ったらな」
逃げるための口上がましいが、事実、東出の入る四人打ちフリー卓の上ではチップが交錯している。最後に南條をジト目で睨みつけてから、あかねは仕事に戻った。
「――中井ちゃん、どないですか。この二、三ヶ月、また麻雀しんどそうなんは聞いてるんですけど」
ドリンクの注文を受けて、フロアを行き来するあかねを一瞥して、しんみりとした口調で南條が切り出す。
「素直ないい子で、きっとオーナーも助かってることと思います。ただ、素直すぎるせいか、いろんな人の麻雀をそのまま学んで、消化不良を起こしちゃっているみたいです」
「せやったら、放っといたらええですかね。後輩もできて、ちゃんと先輩できるんかな、とも不安がってたんですけど」
セット客も続々と流入し始め、それらも立ち番あかねひとりで捌かねばならないために、右へ左への大立ち回り。時にはあわやドリンクをこぼしそうになったり、つまづいて転びそうになったりと、見ていてハラハラするところもあるが、まめまめしく勤勉であることは伝わってくる。
「せっかくですから、朝まであかねさんの勤務態度をご覧になられますか?」
ましろがからかいを含んだ微笑と共に尋ねるが、当然南条も本気にはしない。軽くかぶりを振って、
「や、明日一限入れてますんで、中井ちゃんには悪いけど、てっぺん回るまでには帰ります」
照れくさそうに笑って、牌を落とす。時計の短針が0時を指すまでには、まだまだ時間がある。それまでは、忙しそうに目を回すあかねを眺めながら、麻雀と洒落こむことにしよう。
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