第14話 初野あおいという人④
〇
「キャバ嬢?」
あかねは、首を傾げたまま、なんとか聞き取れた単語をオウム返しする。
「そう、いわゆるお水ね」
「おみず」
「男の人とお酒飲んで、盛り上げて、満足してもらうお仕事」
かみ砕いて説明されて、ようやく内容を理解し始める。
「ということは、キャバクラと雀荘の掛け持ちですか?」
「そうそう。両方とも週三ずつね。今日は休みだったけど」
納得のいくような、そうでもないような。
「あ、これもお店じゃ内緒だからね。さっき言ったふたりは知ってるけど。それで、ここのお店は、アフターでよく使うの。あ、アフターって分かる? お店終わった後に、お客さんにご飯とか飲み直しに連れて行ってもらうことなんだけどね」
あかねは、ぽかんと馬鹿みたいに口を半開きにして、焦点の合わない視線をゆらゆら揺らしている。
「……引いた?」
ぱちん、と泡が弾けるように目が醒めて、
「いえいえ! そんなことないです。意外というか、納得というか……」
どうりであおいは色っぽい大人のお姉さんな訳だ、と合点のいく気持ちもあれば、ゴールデンタイムで働いている姿からは想像できない、という気持ちもある。
「もともとはゴールデンタイムだけで働いてたんだけど、そのキャバクラのオーナーと筒井さんが友達で紹介してもらったのよ。ちなみに、丸川さんもふたりの知り合い」
夜のお仕事の経営者というのは、別業種であっても案外繋がりのあるものなのかと、感心する。それと同時に、自分も夜の世界というものの片鱗を垣間見たような気がして、ちょっとワクワクする。
キャバクラというお店について、あかねは伝え聞くばかりでしか知らない。そもそもお酒を飲めるようになったのもついこの間のことであるし、なにより、女の自分がそういうところに行くのはふさわしくないとも思っている。
が、だからこそ、その実態はどういうものなのか、あかねは興味があった。
「なに、気になる?」
そんな気持ちが態度に出ていたのか、あおいは前のめりになってあかねの瞳を覗き込む。
「そんな若い子を蛇の道に引き込むもんじゃない、あおいちゃん」
「蛇の道とは失礼ね。まあ、キャバクラもキャバクラで結構キツいのよ? お酒飲むこともそうだけど、それ以上に、プライベートな時間に、お客さんの相手しないといけないしね。お給料だって、お客さんの横についてないと出ないし、休みもふつうのOLやってる友達なんかとは合わないし」
そこで言葉を切って、あおいは煙草に火を点けた。ここから先は愚痴になる。あかねに不平不満の類を漏らしても栓ないことだし、今日はあかねの慰労も兼ねているのだから彼女に負担をかけるのも望ましくない。
「彼氏さんは、そういう仕事してても何も言わないんですか?」
六杯目のビールを飲みながら、げっぷの代わりに吐き出したあかねの素朴な疑問に、あおいは、目を見開いた。指の間で挟んでいた煙草がまろび落ち、拾おうとしてウーロン茶のグラスを倒し、明らかに動揺している。
「だ、だからっ、彼氏はいないってばっ!」
丸川から布巾を受け取ってカウンターを拭きながら、あおいは酒も飲んでいないのに顔を赤くして否定する。
「あれ、あおいちゃん、あの茶髪の目の細い彼は?」
「それはもう去年の話です!」
「でも、先月も一緒に来てくれてたろう?」
「別にお互いに嫌いになって別れた訳じゃないですから、都合があえばご飯くらい来ますって!」
改めて煙草をくわえて、大きく一呼吸。これでこの話は終わり、とばかりにそっぽ向く。
「その人って、私の知ってる人ですか?」
が、あかねの追及は止まらない。
「たぶん知ってると思うぞ。なんてったって、――」
「もう終わり! この話、終わりだから!」
丸川の言葉を遮って、あおいがまくしたてる。その様子に、丸川は得心したようににやにや笑い出し、あかねは訳わからず顔。そしてあおいは、息も絶え絶え、必死の形相である。
「そ、そういうあかねちゃんこそどうなのよ。大学生なんだから、彼氏のひとりやふたり、いるでしょ?」
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