あか、あお、しろ、編

第10話 雀荘の憎めない新人メンバー



 本日のゴールデンタイムもフリー三卓にセット六卓の満卓盛況。結構な限りである。が、従業員たちはというと、存外に忙しくもなく、というのも、フリー二卓は丸で回り、立ち番がふたりお手すきの状態で、その上セットも手のかからない常連組と来ている。


 筒井はカウンターの上に広げた新聞から顔を上げ、あおいと東出に目配せした。


「あかねちゃん、どう思う」


 筒井の問いに、あおいと東出は互いに目を合わせる。「どう思う」とは、ずいぶんざっくりとした質問である。答えあぐねていると、筒井はおもむろに日報を取り出し、それでふたりも合点がいく。


「ま、強くはねーっすね。上手か下手かでいえば、うまいとは思うっすけど」

「東出くんに同じく。なんというか、小奇麗に打とうとしすぎてるっていう印象ですね」


 あかねの麻雀に対する評価は、おおむね筒井も同様であった。特に、東出の言った、「うまいが強くない」というジャッジは、実に的を射ている。


「うーん……僕としても、なんとかしてあげたいんだけどなぁ」


 かといって、簡単にどうこうできることでもない。あかねのシフトの時に筒井が必ず店にいるという訳でもないし、あかねにできるだけ本走に入らせないという配慮は、他メンバーからの不平不満に直結する。結局は、あかねに麻雀を強くなってもらうという方法しか採りえないのだが、それゆえに三人して、腕組みしいしい難しい顔を突き合わせることになっている。


「働きぶりは文句ないですね。マジメですし、マメです。ちょっと要領の悪いところはありますけど、あの子がいると、雰囲気がなりますね。東出くんと違って」

「俺だってムードメーカーっすよ?」

「東出君の場合、なるのよ」


 あおいの手厳し一言に、東出は言葉を詰まらせた。


「まあ、東出君の『やる気のなさ』はほかの人のやる気を奪わないから、まだマシだろうけど」


 あおいも東出も、ゴールデンタイムで働き始めた時期がほとんど同じで、また、年もあおいがひとつ上なだけということもあって、ふたりの仲は、他のメンバー同士のそれよりもずいぶん良い。ふたりで食事に出かけることもしばしばあって、一度、彼女らの恋仲も噂されたが、それまた別のお話。


 ともかく、あおいにとっても、また東出にとっても、いま話題の中心となっているあかねは、妹のような存在で、ひどく気にかけている。が、特に東出は、いまひとつ距離感を測りかねているのも事実で、もどかしい。


「そういえば、あの子って大学生よね? 下宿? 実家?」

「確か下宿のはずっすよ。あそこのスーパーの近くで一人暮らししてるって」


 なんでそんなこと知ってるのよ、とばかりに、あおいが東出に白々しい視線を投げつける。が、東出はどこ吹く風。


「あの子、もう少し危機意識というか、身に付けた方がいいんじゃないかしら。東出くんみたいな男に、自分の住所を教えるなんて」

「あっ、ひど!」

「大丈夫大丈夫。東出には、そんな暇ないくらいのシフト組んどいたから。週七の十二時間シフト」

「ひどぉっ! いつの時代のメンバーっすか!」

「僕がメンバーしてた頃は、珍しくなかったけどなぁ。特に立ち上げたばかりの店舗とかだと」


 雀荘のブラックな一面を覗き込んで、あおいはぞっとする。週七の十二時間シフトなんて、働いて家に帰って寝て、飯を食って出勤するだけの地獄のサイクルだ。


「でも、お金貯まるしいいんじゃないの。東出くん、最近麻雀の調子も良いみたいだし」

「労基に駆け込んでやる!」

「そんな暇もあるのかしら」


 閑話休題。筒井が咳払いひとつ、話をあかねに戻す。


「あおいちゃん、今度あかねちゃんご飯にでも連れて行ってあげて。働いてる間は、そうでもなさそうだけど、もしかするとかなり参ってるかもしれないからね」

「はい! あ、東出くんはお呼びでないから」


 一瞬、目をキラキラ輝かせた東出が、あおいの一言で肩を落とす。まるでおもちゃを取り上げられた犬のような反応である。


「あかねちゃん誘うより、彼女と行きなさいよ」

「あー……こないだ、喧嘩して別れたんすよ」

「あんなに人の好さそうな子だったのに! どうせ、東出くんが何かしたんでしょ」

「いや実は、雀荘で働いてるのがバレちゃって……」


 自分の発言にしょげ返る東出だが、あおいはいよいよ辛らつに、


「それであかねちゃん狙いってワケ? やらしー」

「別にそういう訳じゃないっすよ! ただ、なんていうか、あの子放っておけないというか、見てらんない」


 それについてはあおいも概ね同意である。東出が吐いた煙草の煙を目で追いかけながら、すこし考える。


 あかねは、実際あおいから見ても未来有望なメンバーに違いない。はつらつとしていて、話しているだけでこっちまで元気になってくる。彼女を気に入っている客も少なくない。しかも、本走が大きなマイナス収支で終わっても、そのあと、腐らずに仕事に励んでいるし、負けがかさんだ月末、もうほとんど給料の出ないことが分かっているにも関わらず、仕事ぶりはいつもと変わらない。


 おいしそうに煙草の煙を鼻から抜く東出を盗み見る。目が合って、不思議そうに首を傾げるが、あおいはこれ見よがしにため息をついてみせる。少なくとも東出ではそうはいかない。

 やる気がないとあおいは東出を評したが、そんな彼すらも、あかねとシフトの重なっている日は、先輩風を吹かしたいがためか、妙に張り切っている。そういう意味でも、あかねは貴重な人材である。


「俺が言うのもナンですけど、あの子、ちょっと鈍いところあるじゃないっすか。暇な時、俺の麻雀を熱心に見てくれるのはいいんですけど、同じようなこと何回も聞いたり、ピントのずれたこと言ったり」

「まぁ、否定ではできないわね。遠回しに言うならエネルギー効率が悪いというか、……」

「直球で言うと?」

「バカ、愚直、まじめすぎ。あと、物覚えが悪い」

「こらこらあおいちゃん。それじゃもう悪口だよ」


 筒井があおいのあまりにも直截な物言いを咎めるが、彼女の顔は決して悪態を吐いているようなものではなく、目を細めて口の端をほころばせる表情は優しげだ。


「でも、そういうのって、特にこの業界だからこそ、なんか憎めないのよね」


 実際、本走と接客業の二重負担に耐え切れずメンバーを辞す者は、少なくない。このゴールデンタイムにおいても、あおいも、東出もまた何人も見送ってきた。自分たよりもあとに入ってきて、先に辞めていく者たちを見て、彼らはいったい何を思うのか。


 ランランと瞳を輝かせて入ってきた新人が、半年後には死んだ魚のような眼をして、いやいやという様子で本走に入るところも、何度も見続けてきた。その日一日の給料を、退勤三時間前に立ち始めたフリーでまるっきり溶かされて、茫然自失の態で帰っていくところも。

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