第4話 給料が出ない!①


 〇


「あかねちゃん、今日から本走、入ってみようか」


 勤続二か月目、ついに筒井からあかねに本走の許可が下りた。嬉しさのあまりに、声が裏返りそうになるのをなんとか堪えて、


「は、はい!」


 やっと念願の麻雀が打てる。麻雀が打てて、その上お給料までもらえて、雀荘はなんてすばらしい職場なんだ!


 —―と考えていた時期が私にもありました。


 あかねは平日の客入りの少ないことをいいことに、カウンターに突っ伏していた。あかねも雀荘『ゴールデンタイム』での勤務も四か月目に差し掛かり、少なくとも「立ち番」業務にいえば熟練してきた。「笑顔でお茶を出すこと」を、常に自分に言い聞かせ、偉そうな客にも、厄介そうな客にもなるたけ柔軟に振舞い対応できている(とあかねは自負している)。


 今日は珍しくフリー客の足は遠く、男性メンバーがツー入りで四人打ちフリーが一卓、セットが二卓立っているばかり。それも常連客が二組。


「こらあかねちゃん、だらしないぞ」

「えっ、あ、すいません! って、あおいさん? 今日出勤でしたっけ」


 あおいは、あかねの先輩にあたる女性メンバーである。あかねがゴールデンタイムに入ってから三カ月過ぎ、研修期間は過ぎたということで、新人教育の任から外れ、現在同シフトで入ることはめったにない。


「ううん。ちょっと帰りに寄っただけ」

「もしかして、デートですか?」


 ふだんはブラウスとタイトめのジーンズという、機能性を重視した恰好のあおいだが、今日の装いはいかにもガーリーだ。頭の上には白いベレー帽。肩出しニットとサイドスリットの入ったタイトスカート。足元も、パンプスではなくフリンジブーツ。そもそも、彼女がスカートを履いているところを、あかねははじめて目撃した。


「違うわよ。ちょっとした野暮用」

「またまたー」

「もう! そんなことより、いつも元気めいっぱいのあかねちゃんが、今日はどうしたの。なにか悩み事? 学校のこと? それとも、ここ?」


 あおいに問われて、せっかく逸らせていた気が現実に引き戻される。頭を抱えて、盛大なため息と共にうなだれる。


「お給料が出ません……」


 呻くような声で、あかねは悩みの種を告白する。が、あおいにとってその回答は予想済みで、むしろ口元には笑みさえたたえている。


「ま、そんなところだろうと思ったわ。ちょっと失礼」


 カウンターに乗り込み、先月の日報帳を手に取る。日報にはその日の売り上げ、来店フリー客の名前、セット客の組数、それから、メンバーの麻雀成績が記載されている。あかねの出勤日のページをめくりめくり、片手で彼女の成績を電卓に計上していく。


「うーん、確かに先月は結構負けちゃってるわね」

「はいー……」


 改めて辛い現実まけがくを突き付けられ、がっくりと肩を落とすあかね。あおいはその背を叩いて慰めることもなく、続ける。


「やっぱりフリーのお客さんは強い?」

「うー、それもあるんですけど、なによりも『はやい』んです」

「『はやい』、ね」


 あかねに同調しつつも、あおいは微笑ましい気持ちであった。懐かしい、ともいえる。ツー入りで稼働しているフリー卓に視線をやって、


「あれは『はやい』?」

「ちょっと『はやい』です」

「でも、あれがメンバーのふつうなのよね」


 口をもごもごさせながら、あかねは本走初日のことを思い返していた。忘れもしない、メンバー入りとしての初登板――

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