軍師らしく、あらゆることを考えて準備する
「しっかり相手の裏まで読んで落とし所を作っておく、か。さすがじゃんか」
会議室を出ると、一ノ瀬さんが涙ぐんだような笑顔で出迎えてくれた。
ずっと聞き耳を立てて、中の様子を伺っていたらしい。
「最初に一ノ瀬さんから言われたことをずっと意識してましたから」
一ノ瀬さんが首をかしげる。
「ほら、俺を勧誘するとき言ったじゃないですか。『書記長は軍師みたいな役割だ』って。だから軍師らしく、あらゆることを考えて準備するようにしてました」
思い出したように大きく手を打つ。
「それにしてもさ、自分の身を切るところも丸井くんらしいねえ。でもさ、アレ自分の発言のとこだけ録音から消しておけば良かったんじゃね?」
当然の疑問だ。俺だって、何度そうしようと思ったことか。
「……それはフェアじゃないと思いました。俺があそこまでプライベートの話をしたからこそ、外薗本部長も油断して本音を出してくれたんだと思うんです。だから、あれは一緒じゃなきゃ、ダメだったんです」
「んー、外薗相手なら別にそこまで気にしなくてもいいと思うけどなあ」
一ノ瀬さんはまだ納得ができないらしい。
「だって、一ノ瀬さん言ったじゃないですか。苦手な相手ほど、まずは自分から好きになるよう努力しろって。そうしたら良いところが見えてくるって。外薗本部長と話してみて、全部が間違ってるとは思えなかったんですよ。……もちろん絶対に間違っている部分も多いんですけど、同じ会社で働く社員として見習うべきところも少しはあるのかなって」
「なるほど。……外薗のこと、最初から敵として見てたわけじゃなかったんだな。一緒に働く仲間だと。そりゃ外薗も
感慨深そうに俺を見る.
やり方はともあれ、外薗本部長の会社への想いは本物だった。それだけは、間違いではない。
「でもさ、まずはちゃんと話した方がいいんじゃね? まあ俺から捕まえといてなんだけどさ」
一ノ瀬さんはそう言うと、首をくいっと差し出し俺の後ろに視線を向ける。
振り向くと、梅宮さんが俺の背後に立っていた。
「あ! あ、あの……」
「いろいろ言いたいことはありますが、今は時間がないので一つだけ聞かせてください」
「は、はい」
「ああなることまで見越してたんですか?」
「ああなること、というのは……?」
「議事録の削除です。公式の会議において議事録から削除をするということは、容易なことではありません。ですが、社長がああして簡単に認めたのは丸井さんの……あの発言が一緒にあったからです。そこまで計算をしていたのですか?」
そう言われると、そうかもしれない。
でも、正直言うと、そこまで全部は考えていなかった。
「あ、いや、それはその場の流れというか……あの、すみませんでした!」
「いえ、なるほど。わかりました」
そう言うと、梅宮さんは俺の横を通り過ぎていった。
「あ、あの」
いま呼び止めて俺は何を言おうというのか。返事をもらおうとでもいうのか。
梅宮さんは急に立ち止まり、振り返る。
「この件、高くつきますから」
そう一言だけ残し、去っていった。
きっと、めちゃくちゃ怒っている。
そりゃ、そうだ。俺は、バカだ。振られるだけならまだしも、梅宮さんにも恥をかかせてしまった。外薗本部長との対談でも、もっと他のプライベートな話題があっただろうに。
一ノ瀬さんが眉をひそめ、首を振りながら俺の肩をポンと叩く。
とりあえず書記局戻って、今日の議事録を作ろう。
仕事、しよう……。
数分後、メールが一通届いていた。
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