たとえば、誰かのことが気になって仕方ない

「丸井さん、最近なんか元気ないっすね」 

 書記局でコンビニ弁当を食べながら伍代さんが言う。

 たまに伍代さんはこうして昼休みに書記局で昼食をとる。いつもは他愛も無い話をするのだが、今日は妙に真剣な顔を見せてくる。

「え? そうですか? 別にいつも通りのつもりですけど」

「いやー、会議とかでもいつものキレが無いっすもん。なんか別のことで頭がいっぱい、みたいな感じで」

 伍代さん、意外と人のことをしっかり見てるんだよな。

「もしかして……、カノジョとケンカでもしたんすか?」

 危うくお茶を吹きそうになるのをこらえる。

「な、なんでですか。彼女なんて、いないですよ」

「えー? ふーん、そうなんすかー?」

 含むように笑いながら伍代さんが言う。

「まあ、もし何か悩みがあるんなら言ってくださいよ。こう見えて俺、口堅いっすから。たとえば、誰かのことが気になって仕方ないとか、そういうのをぜひ」

「ええと、どうも」

 野次馬根性を全く隠そうとしないところは、逆に好感が持てる。伍代さんのこういうところが人脈の広さに繋がるんだろうか。

 誰かのことが気になっている。そういう意味で言うなら、やはり今は杉本さんと篠原さんのことをどうしても意識してしまう。どちらかが、あるいは両者ともが、外薗本部長と繋がっている可能性がある。そう考えると、どうしても会話にブレーキがかかってしまう。

「あ、いま頭の中に浮かんでる人がいるっすね?」

 こうして楽しげに話す伍代さんに、心の奥で後ろめたさを感じている。


 一ノ瀬さんと相談して、内通者の件は伍代さんにはまだ黙っておくことにした。

 もし伍代さんが二人の疑いを知ったとき、性格的にきっと俺以上に戸惑ってしまうであろうこと。そして何より、まだ証拠が無いこと。

 そもそも俺自身の中で整理が追いついておらず、伍代さんに上手く説明できる気もしない。


「ああ、頭に浮かんでる人といえば、清洲さんが“人事部預かり”じゃなくなったみたいで、今日の人事面談のついでに書記局に寄ってくれるみたいですよ。さっきメールが来てました。昼過ぎ頃って書いてたので、そろそろかと」

「げ、清洲さんっすか……」

 あの人、ちょっと苦手なんすよね、と伍代さんが小声になる。

 きっと以前のトラブルが頭に残ってるんだろう。苦手意識を持つのは仕方ない。

「ちゃんと話せば大丈夫ですよ。メールだと、結構キツいこと書いてたりしますけど」

「はあー。丸井さんは懐が広いっすねえ」

「いや、別にそういうわけでも――」

 そう言いかけたとき、書記局のドアにノック音が響く。

 うわさをすれば、と伍代さんが声を出さずに口を動かす。

「はい、どうぞ」

 扉を開くと、予想通り清洲さんが緊張した面持ちで立っていた。

 意外だった、というより全く予想外だったのは、その後ろには篠原さんも不思議そうな顔で佇んでいたことだ。

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