自部署において、決定的な権限を持っている

「さすがにそこまで変えるのはマズイんじゃないのかな?」

 部長と二人での打ち合わせのなか、中山さんが眉をひそめて言う。

「いいえ。全っ然、問題ないです。部門の管理をするのが管理職ですから、むしろ当然の仕事とも言えます」

「だけどウチの部だけこんなことするのも、どうなんだろうか。本部長にもお伺いした方が――」

「必要ありません。この部のトップは部長である中山さんですから」

 目を真っすぐに見て断言するも、まだ中山さんは、うーん、でもなあ、と躊躇している。

「中山さん。“管理職”と“管理監督者”の違いって、わかりますか?」

「ええ? どうしていきなりそんなことを? まあ大体はわかるけど……」

 そのあとの言葉が続かないので、おそらくわかっていないのだろうけど、あえて指摘はせずに話を続ける。

「ご存知の通り、“管理職”っていうのは決裁権を持つ役職の呼び名です。会社によって違いがあって、本部長以上が管理職だとか、課長以上が管理職だとか、定義は様々ですけど」

 中山さんが恐る恐るうなずいて聞いてくれているので、俺はそのまま続ける。

「一方で“管理監督者”っていうのは、労働基準法で決められた言葉です。労働時間の管理を受けない、賃金面で優遇される、部下の労務管理をする、なんていう条件を満たす場合ですね。実質的な決裁権を与えられる代わりに、労働基準法が部分的に除外されます」

 管理職になると残業代が出なくなる、というのはこういう理由だ。(22時以降の深夜割増賃金は出るが。)

「俺たちは残業代出てませんよね。ですから“管理監督者”のはずです。つまり、自部署において、決定的な権限を持っているわけです」

 もちろん法律や就業規則の範囲内での話だが、ここはあえて強い言葉を使う。

「まあ、たしかに、そうかもしれないけれど……」

 まだ煮え切らない。

 仕方ないので、駄目押しを加える。

「もし、役職だけ与えられて残業代が出ないにもかかわらず、決裁権を持っていないのだとしたら、それは“名ばかり管理職”ですよね。大問題です。ウチはそんな会社ですか?」

 中山さんが黙って首を横に振る。

 少し脅し過ぎたか。

「えっと、ですから部長が良いと判断した施策を部内で行うことにおとがめなんてあるわけないってことです。もし効果が出れば、成功事例として他部署にも広まるでしょうし、もし効果が出なくても提案した俺の責任です」

「……わかった。やってみよう」

 うっしゃ!

 ようやく折れてくれた。

 

 伍代くんに部長の承認が得られたことを連絡すると、数分後にはLANケーブルなど頼んでおいた道具をさっそく持ってきてくれた。さすが仕事が早い。

 そして、部署のみんなが帰った後、伍代くんと二人でセッティングを行った。

 明日のみんなの反応が楽しみだ。



 翌朝、ワクワクしてしまって、いつもよりずいぶん早めに会社に来てしまった。

 みんなが出社してくるとき、きょろきょろと周りを見ながら入ってくる様子がおかしくて、笑いそうになるのを我慢する。

 ようやく始業時間になって朝礼が始まる。

「えー、みんなも気付いていると思うけど、一ノ瀬クンの発案で営業部をいろいろ変えてみることにした。詳しくは彼の方から」

 中山さんが俺に目線を向けるので、そのあとを引き取る。

「えっとですね。みなさんまず部屋に入ってきたとき、不思議な顔をされてましたよね。『どこから聴こえてくるんだろ』って。そうです。これからは音楽を流して仕事をします」

 みんなが珍しくざわめく。

「流す音楽は自由です。決まってません。みなさん、流したいCDを持ってきてくださいね。ただし、あんまりハードなのだと仕事に集中できなくなっちゃうので、その辺は自己判断でお願いします。とりあえず今日は俺が何枚か持ってきました」

 スピーカーは総務部から借りて、配線などは伍代くんにやってもらった。さすがバンドをやってただけあって、スピーカーの位置取りなんかも手際が鮮やかだった。

「……あの、いま流れているのは、なんのCDなんですか?」

 内務の女性が恐る恐る手を挙げて聞く。

 おお、朝礼で質問が出てきたのは初めてじゃないか。とても良い傾向だ。

「ふふ、これはですね。昔のフランス映画のサウンドトラックです」

 おお、と想像以上に感心されてしまったので、慌てて補足する。

「あっと、俺はこういうの全然わかんないですよ。仕入部の杉本さんから借りました。こういうのが好きな方は彼に話しかけてみるといいですね。めちゃめちゃ熱く語ってくれますよ」

 ところどころで笑いが起こる。


「で、二つめの変更点。俺と課長の席を、みなさんの隣に移しました」

 課長はむすっとしたまま黙っているが、俺はかまわず続ける。

「みなさんの業務の内容や量を把握するのも俺たちの大事な仕事なので、ご迷惑かと思いますが近くにいさせてください」

 小さな感嘆の声があちこちから聞こえる。

 いや、どっちかというと、俺が副部長席なんて偉そうな場所にいたくないだけなんだけどね。と、さすがにそれは言わない。

「……昨日の終業後に机を移動させたんですか?」

 今度は別の男性から質問が出てきた。

「はい。みなさんを驚かせたくて、こっそりと」

 また笑いが起こる。

 そうそう、こういう雰囲気が良いんだよ。


「そして最後に。みなさんの業務内容についてです」

 みんなが急に張り詰めた顔になる。いや、そんな大したことは言わないから、緊張しなくていいんだけど。

「えっとですね、みなさんがそれぞれ仕事を抱えちゃってるじゃないですか。自分にしかわからない業務ばっかりだから、他の人にお願いできない。だから有休も取りづらい」

 いたるところで大きなうなずきが見える。

「だから、仕事を定期的にシャッフルしましょう。最初は大変かと思いますし、慣れるまでは少し残業もお願いするかもしれません。ですが、ある程度みなさんが仕事を共有できるようになれば、休みは取りやすくなるはずです」

 みんなが大きくどよめくが、そのまま続ける。

「人事部がですね、有給休暇の平均消化率を部署ごとに統計で取ってるんですけど、知ってました?」

 全員が首を横に振る。

 部長である中山さんでさえも横に振る。おいおい、それはまずいだろう。

「実はここの部署って、消化率がかなり低くて社内でも最下位を争ってるんです」

 自嘲的に笑う人や、不機嫌そうな顔をする人。反応は様々だが、雰囲気がどんどん暗くなっていく。

 あえてこのことを言ったのは、現状を理解してもらうため。客観的に見たとき、これが普通ではないとわかってもらうため。

 まずはそれがスタートラインだ。


「ですから、今期は有休消化率ナンバーワンを目指します! これが俺のミッションです!」


 あ、調子に乗って、つい熱く宣言してしまった。

 さすがに引かれてしまう。


 でも、そんな心配をする必要はなかった。

 全員が、大きな拍手をして、受け入れてくれた。


 よっし。腐っても元組合委員長。

 経験と知識を活かして、この部署を活気づけてやる。

 そうすれば、売上なんてあとからついてくる。

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