さすがにその辺は会社も多少考慮してくれる

 梅宮さんから届いたメールを何度か読み返す。

 清洲さん以外にも、“人事部預かり”という立場の社員がまだ数名いる。この人達への対応について、相談をしたい。


 メールの文面は非常に固いが、それでも少しは組合に頼ってくれていると捉えていいんだろうか。

 俺にとっては小さな一歩だが、組合にとっては大きな一歩。なのかもしれない。


 そんなことを考えながら、今日の執行委員会の準備に手をつける。今日の議題は、清洲さんの件の報告と、時間休制度の提案に向けて内容を詰めること、くらいだ。今日は久しぶりに軽い会議でスムーズに終わりそうだ。


 資料を準備しながら、執行部のみんなを待つ。


「お疲れさまっす。いやー、今日も暑かったっすねー」

「残暑真っ盛りだねえ。社内なのに汗かいちゃったよ」

「私もです。でも、来週からは少し涼しくなるそうですよ」


 伍代さん、杉本さん、篠原さんの三人が揃って書記局に入ってくる。みんなとても暑そうだ。オフィスはエアコンがあまり効いていないのか。

 書記局は間仕切りで小さな空間になっているから、エアコンもしっかり効く。ゆっくりここで涼んでいってもらえればいい。


「みなさんお揃いで。あとは一ノ瀬さんだけですね」

「あ、一ノ瀬くんはちょっと遅れるって。急に人事部に呼び出されたって言ってたよ」

 杉本さんの言葉に、少しどきりとする。

「え? ……この時期に人事に呼ばれるってことは、もしかして異動でしょうか?」

「んー、可能性はあるけど、もし異動だったとしても本社の中での異動だと思うよ」

「そうなんですか?」

「うん、組合の委員長だからね。さすがにその辺は会社も多少考慮してくれるんだよ」

「へえ。そういうものなんですね」

 ほっと胸を撫で下ろす。

 もし一ノ瀬さんがいきなりいなくなったら、組合がどうなるかわからない。


 皆で雑談をしながら一ノ瀬さんが来るのを待つ。

 数分後、書記局に現れた一ノ瀬さんは、青白い顔をしていた。


「あの……顔色、悪いですよ? 大丈夫ですか?」

「あ、うん。ごめん、遅くなって」

 明らかに体調が悪そうだ。どうしたんだろう。

「あの、具合が悪いなら、執行委員会は別の日にしますか?」

「あ、いや、大丈夫。ちょっと、みんなに言わなきゃいけないことがあって」

 どうしたんだろう。

 まさか、本当に異動なのか? でも異動したとしても本社内なんだろう?

 

「俺、来月から、管理職になるって……。副部長、だって」

 すごい! 昇進だ!

 課長を飛び越えて、一気に副部長!

「おめでとうございます! 飛び級昇進じゃないですか! そんなの初めて聞きましたよ!」


 突如、違和感に襲われる。

 周りが静かすぎる。

 俺以外、皆が俯いて黙っている。

 

 なんで、他の三人は祝福しないんだ? 

 なんで、一ノ瀬さん自身も喜んでいないんだ? 

 なんで、皆そんなに深刻そうな顔をしてるんだ?


 一ノ瀬さんを見ていた目を俺に向けて、伍代さんが言う。


「……丸井さん。管理職になったら、組合、抜けなきゃいけないんすよ……」

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