青い光



「……というわけで、転移石が見つかったらしい」


「そうね」


一夜明けて、俺達はいつもの場所に集まる。

そこで樹に昨日の話をしている最中だ。


「……前の転移石と……色が、違うんだね」


「ああ。恐らく転移先、創られた場所……色んな条件によって色が異なるんだろう」


「貴方達が『アルス』とかいう人に使わされたやつの事?」


「そうそう。確か前は灰色だったな」



前は灰色で、今度は『青』。ちなみに大きさも前のよりも一回り大きい。


「……おっきいね」


樹の手じゃ、両手じゃないと持てないようなそれだ。

この大きさが一体何に関係しているのか。


「……私はこれ初めて見たんだけど、貴方達のはもっと小さいものだったのかしら?」


「ああ。この大きさが何に関係しているのか、どうにも分からないけど……」


「えーっと、確か使い方のメモには特に人数の制限は書かれて無かったけれど……それなら、大きさが転移する物量に影響するのかもね」


「……確かに、そうかもしれない」



実際あんな小さい灰色の転移石で、こんな灰色の土地まで来たんだし。色が転移する場所なら、大きさは転移するモノの数、大きさってわけか。



「ふふ、大丈夫よきっと」


「……藍、君」



ミアが笑ってそう言い、樹は心配そうに俺の服を引っ張る。


実に対照的だ。

ただ、俺がどっち側といえば——樹側の表情だけど。



「どっちにしても、多分『外』への手掛かりはこの転移石だけだと思うわ」



パパの性格だとね、と付け加えて笑うミア。


「……うん。そうだよな」


「ええ。怖い?」


「……ミアは、怖くないのか?」


「これからの事を考えたら、怖さより楽しみの方が勝っちゃうわね」


「はは、そっか」



そうだ、外へ行く近道がやっと見つかったんだ。

これを使わない手は無い。


……『外』の世界への切符。いざそれを手にしたら、怖気付いている自分に気付いた。


でも——俺がそんなでどうするんだよ。



「準備は……今日と明日だけで足りるか?」


「……!う、うん」


「ええ、十分よ」



心配そうな表情のままの樹と余裕そうなミア。


……俺は、今、どっちなんだろうか。



「出発は、明後日だ。忙しくなるな」




―――――――――


―――――――


―――――



「……ここも、もうお別れか」



夜になっても、ずっと寝付けなかった。

シルマの探索はもうする必要無いし、トレーニングもやる気があまり湧かなかった。


『出発は明後日』。


我ながら思い切ったもんだ。

怖気付いた自分に反抗する様に、勝手に口から出ていた。



「はあ」


青いエニスマの光に照らされる道を散歩する。

最初は精神を擦り減らしたこの場所が、今やリラックス出来る程に馴染んだ。


「俺、間違ってないよな」


外の世界に踏み出すという事は、危険な事だという事はわかっている。


そしてもし、王国の手が伸びるような場所に転移したとしたら——その時は、今のような落ち着いた生活は出来ないだろう。


樹、ミアを連れて、俺はその場所でなんとかやっていけるだろうか。



「なんで……今更こんなんになってんだよ」



外を望んでいたのは、紛れもない俺だってのに。


手掛かりを探す日常に――居心地の良さ、みたいなものを覚えてしまった。


でも……何にせよ、出発は明後日。

今更迷った所で自分の宣言は覆らない。



「……」


「……あ」


「……!」



歩くうちに、エニスマの光で見知った影が現れる。


俺より一回り小さい身体。

なのに、その魔力量は途轍もない大きさだ。

それに加えて無くした腕をも再生する回復魔法。


王国がアルスさんを使って取り戻しに来たのも頷ける。



「樹も、眠れないのか?」


「……うん」


「そっか」


実際樹は心配そうな表情だった。


明後日って、ちょっと早かったかな。

いくら何でも準備期間一日しかないわけだし――


「……僕は、明後日でも一か月後でも……こうなってたと思うよ」


「そ、そっか」


少し返事に詰まる。

……たまに、怖いぐらい俺の心読んでくるよな樹……


「……むしろ、早くて良かった、よ。ずっと悩んじゃうから」


「はは、なら良いんだけど」


何となく俺以外にも悩んでいる樹が居て、少し安心した。


「……怖いよな、『外』に出るの」


ふと、俺は本音を漏らす。

同じ考えの樹がいるからこそ、それは自然と口から出た。


「……うん。でも……怖いけど、楽しみなんだ」


「そう、なのか?」


「うん……『あの時』……初めてこの場所を見つけた時……僕は、何か、言葉に出来ないような……『感動』、して――っ!」



言い終える間もなく、咳込む樹。

それに構わず――樹は続ける。


「僕は――今までこんな、体験なんてしたことなくて……どうして、って思ったんだ。それで、分かった」


「一人でこの場所に立ち会っても、あの時のような、感動は出来ないんだ――藍君と、一緒にこの光景を、見れたからだって。藍君に、僕は『共感』したんだよ――」


「だから、僕、は――」


声が途切れても、息が苦しそうになっても、樹は言葉を続ける。



「これからも色んなモノを、藍君と、見てみたい、って……そう、思ってるんだ——っ!」


言い切った後、息切れを起こす樹。

こんなに彼女が、俺に言葉を発したのは初めてだ。


そして――圧倒された。

外への不安とかどうとか、これからの生活とか……

悩んでいる自分に、ダイレクトに樹の思いが伝わってくる。



「ありがとうな、樹。何か吹っ切れた気がするよ」


「……うん。聞いてくれて、ありがと……」



静かな風の音と、エニスマの青い光が彼女を照らす。


……今は、樹が一緒に居てくれる事が、前にも増して頼もしい。


彼女の回復魔法も、大量の魔力も勿論そうだ。

でも一番は、『樹だったから』。


自分の能力に絶望した時も、バルドゥールに囲まれた時も。

彼女の選択が、優しさが、俺を助けてくれた。

そして、今も。


……ほんの一ヶ月前は、話す事さえ出来なかったってのに。



「変わったな、樹」


「!……変えてくれたのは——藍君だから」


「っ……そっか」


風で彼女の長い前髪が開いて——綺麗な目が俺を刺す。


鼓動が早まって、上手く言葉が発せない。



「……藍、君」



その声で呼んで、樹は俺に近付いてくる。


迫る彼女に——俺は立ち尽くして、声も出ない。

気付けばもう目の前。


「……」


じっと、俺を見る樹。

耐えられず——俺は、空を見上げた。


瞬間。



「——んっ」



二拍置いて、急に体温が近付く。

そして——俺の頬に、柔らかい唇の感触。


あの時からずっと晴れた星空の光景が、視界に映り続けて。

青い光に照らされて、俺は樹からキスされた。



「……い、つき?」


「……」



そのまま、無言で樹は背を向ける。

俺は突っ立って、どうする事も出来なかった。


暴れる鼓動とは裏腹に、口は全く動かない。



「——お、お返し……だよ」



小さくその声は響いて、俺の耳に微かに伝わる。

もう——彼女には手が届かない距離で。

何も言えないまま、樹はシルマに消えてしまった。



「……はあ」



色んなモノが詰まった、ため息を一つ。

視線を上に、何も言わない上空に助けを求める。


……しばらくの間、俺はエニスマの空に照らされ続けた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る