ミア⑧
「……!」
目が覚めると、私の横にはイツキが居た。
ユウスケの横にいた女だ。
……でも、どうしてここに?
「……貴方、ユウスケは?」
どうしてか顔を赤らめる少女は、私に気付くとハッとしたように向き直る。
「藍君、は……今、戦ってる。君の為に」
「……貴方は?」
そう聞くと、少女は不快な顔など一つせず。
「僕は、藍君を信じてるから。きっと帰ってくるって」
笑ってそう言う。
ユウスケとイツキの関係性は、あまり聞いていないけれど……深い信頼関係があるのだろう。
……ほんの少しだけ、私はもやもやした。
「そう……私は、やる事があるから」
「――待って!」
イツキは、私の腕を掴む。
「……何?」
「それは、藍君の為に、する事なんだよね?なら、僕も手伝いたい」
そう言うイツキ。
……まあ、いい。
「……貴方に出来る事なんてないと思うけれど。邪魔はしないで」
「……!」
頷くイツキを尻目に、私は走り出す。
――――――――――――
私は、『上』に登っていく。
50階を超えたその上が、バルドゥール達を制御する部屋。
エニスマを現した大きな画面が、私を出迎えた。
「……やっぱり、操作出来ない……」
紅く光る画面は、私を全く認識しない。
最終防衛体制に入った今、パパの手ではない私では駄目なのだろう。
……しかし。
「ユウスケ……こんなに強かったの」
画面に映るバルドゥール達の所在の紅い光。
赤い点が、次々と光を失って黒くなっていく。
それが、凄い勢いで戦闘不能状態になっている。
このエニスマに居るバルドゥール達はかなり強い。
パパの自慢のものばかりで、『武器』というものを持っている。
それらが束になってユウスケに向かっているはずなのに。
「……でも、数が多すぎるわ」
エニスマには、私を守る為に大量のバルドゥールが配置されてある。
それらが今、一斉にユウスケの元に向かっているんだ。
「止めないと……でも――うっ!」
何度触れても無駄だった。
私の操作でも無理という事は、パパしか不可能だということ。
ユウスケは凄く強い。でも――周りから、『集まって』きているのだ。
エニスマ周辺から、バルドゥール達が。
どうすれば――
「……この子達は……」
モニターを見る内、ある事に気付く。
今動いているバルドゥール以外、倒されたバルドゥールの色は『紅』くない。
色を失った、灰色だ。
「もしかしたら――」
紅くないという事は、コントロールできるかもしれない。
バルドゥールは魔力で動いている、だから魔力を送り込む必要があるけれど。
周囲の魔力工場は動作を停止している――私が、直接やるしかない。
「……えっと、これで、あとは……」
モニター横のカバー、パスワードを打ち込んで開ける。
現れた棒のようなものが、魔力をバルドゥールに送りこむ為のもの。
魔力を直接送り込む対象をモニターで選んで、私がこれを握れば自動的に私の中の魔力が行く。
今まで使った事がない。パパが使用した所を見ただけ。
パパの魔力でしかこれは動かないけれど……パパから創られた私もほぼ同じ魔力だから大丈夫なはずだ。
パパは魔力の量が凄まじかったけれど、私はどうなのか分からない。
……でも、やるしかないんだ。
「――っ」
身体から、何かが抜けていく。
恐らくこれが魔力なのだろう……まるで生気が吸い込まれるような。
思っていた以上に辛い、でも――耐えないと、ユウスケが。
「うっ――!」
身体が警告を出す。
吐き気と頭をガンガン打ち付ける頭痛。
「まだ、ユウスケが――」
朦朧として手が離れかけた、その時。
「――僕も、手伝うよ」
私の背中に、温かい感触が現れたと思えば――手にイツキの手が重なっていた。
「無駄よ――これは、パパの魔力じゃないと――」
「……君の魔力に、僕の魔力を合わせるから、大丈夫……」
イツキはそう言ったと思えば、私の手を通じて魔力が溢れてくる。
まだ、まだ増える――莫大な量のその魔力。
これは、パパと同等――いや、それ以上。
「貴方、一体――」
私の魔力が塵に見える程の量のそれは、私の手を通じて装置へ送り込まれる。
そして。
モニターの灰色の点達が『青色』になっていく。
「や、やった――!」
見れば、バルドゥール達が紅いバルドゥール達を抑えていっている。
「……これで、何とか……」
安堵の息をつく。
しかし。
突然、『揺れ』が起きた。
モニターを見て、『異変』に気付く。
「こ、これは――」
青色の点も、赤色の点も――全て。
消えているのだ。
「……っ、凄い、魔力……」
イツキがそう呟く。
……もしかしたら。
『溢れる魔力』
『停止するバルドゥール』
『揺れ』
頭の中で出る答え。
一度、体験した事がある。
私が、パパに内緒でエニスマから出た時の事――
『それ』は、起動した。
――『エント』。
それは、地下に眠りしバルドゥールの名。
パパが生前最後に創った、『兵器』だ。
私を『止める』為の、最終兵器。
ずっと起動しないから、もう動作を停止していると思っていたけれど。
そんな、楽観的な考えは捨てるべきだった。
あれが起動したら、流石のユウスケでも――
「もう、駄目……」
嘆く。
エントは強い。
そして、あれは『魔力』を吸って動く兵器。
エニスマだけではなく、地面も、空気も、空からも――全ての魔力を食らいながら『成長』していく。
倒れているバルドゥール達からも例外だ。
私達がせっかく復活させたバルドゥールからも、容赦なく魔力を食らっていく。
希望を無理矢理考えると言えば、停止期間だ。
永い眠りから覚めた今、エントの力はまだ十分発揮できない。
……でも、絶望的な状況だ。
栄養は、愚かにも私達が作ってしまった。
「ユウスケ……」
嘆く。
エントは、ユウスケを殺すまで動き続けるだろう。
停止する時はもう、ユウスケの息を止めた時。
……いいや。
もう一つだけ、ある。
「……『創生』」
久しぶりに発動した魔法。最初は失敗するかと思ったけれど、成功したようだ。
私はパパから創られた――そのせいか、半端だけれどパパの魔法が扱える。
魔力が私から失われ、私の手にそれは創られていく。
バルドゥールと同じ素材の板で、先端を鋭くとがらせたものだ。
私はそれを手に強く握った。
「――何、してるの?」
不信に思ったか、イツキが私に声をかける。
「……構わないで」
「っ!」
そう言い放す。
エニスマの最終防衛体制が終わる条件。
パパからは教えて貰えなかったけど、大体分かる。
この体制は、私を守る為のもの。
なら。
私が死ねば、全てが止まるはずだ。
「ユウスケには、よろしく言っておいて――」
決意を込める。
最後、ユウスケと出会って、本当に良かった。
私のせいで、そんなユウスケを失うよりも――私が死んで、ユウスケが生きてくれた方が良い。
だから、私は、ここで終わり。
ずっと『灰色』の記憶しか無かったけれど、私は最後の最後に、鮮やかな記憶を作れた。
さようなら。
だから、どうか私なんて忘れて――
「――……何、やってるの、貴方。邪魔を――」
胸に突き刺そうとしたそれは、届かなかった。
イツキが、尖部を握って止めたからだ。
私より少し大きいぐらいの綺麗な手が、鮮血に塗れる。
「藍君が、そんな事を望むと思う?」
多量の血と共に、壮絶な痛みがイツキを廻っているはずなのに。
その目は、有無を言わせない程に強い。
「藍君は、君を助けたいと思って、今戦ってるんだから」
私の手に握る板を離し、投げ捨てるイツキ。
私は、何も言えなかった。
「君は、藍君を悲しませたいの?」
「そんな、事……」
それは、答える意味のないほど、当たり前の答え。
「そんな、わけ、ないじゃない……」
弱々しく出てくる声と共に、涙が出てくる。
そんなの、ユウスケとこれからも居たいと思っているに決まっている。
だからこそ、今の状況が、私には苦しいんだから。
何もできない現状。
ユウスケを、無事を祈る事しか出来ない今を――
「――なら、ね?」
イツキは、優しい声で。
「……一緒に、信じようよ、藍君を。僕も――ずっと、信じてるから」
そう言った。
それは、全くユウスケが死ぬなんて思っていない、そんな表情。
……そうだ、私も信じなきゃ。ユウスケを悲しませたくない。
「……分かった、わ……」
だから。
私も、信じようと、そう思った。
「……へへ、それに、ね」
笑って私に言い掛けるイツキ。
『唇』を指で、愛おしそうに撫でてから。
「『約束』、したんだ――『絶対に、帰ってくる』って」
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