雷電①
「……はっ」
俺は、ふと目が覚める。
それは束の間か長らくか、周りを見れば聖の壁が俺達を囲むよう聳え立っている。……樹の魔法だろう。
そして俺は、異変に気付く。
「…………」
俺の『左腕』を抱いて、樹が眠っているのだ。
無くなったはずの、左腕に。
樹の回復魔法は……俺が考えていたより遥か上のモノだった様だ。
『樹が居なければ』、ずっとそう思っていたが――まさか無くなった腕をも回復するとは。
王国から追われるのも納得、か。
「ありがとう……ごめんな」
俺はそう呟き、先程の戦闘を反省する。
樹には……本当に恐い思いをさせてしまった。
最悪、俺と樹両方とも――いや、よそう。
「よっと、おやすみ樹」
俺の服で簡易布団セットを敷いて、樹を寝かす。
「……んっ……ん……」
腕から樹を離すと寂しそうに寝言を立てていたが……
頭を撫でてやると、心地良さそうに眠ってくれた。
「このままじゃ、駄目だ」
俺は、灰色の空に嘆く。
『ゆっくりと地道に強くなる』、そんな事を言っている場合ではない。
「なら、どうする」
自身に問いかける。
「俺は、逃げていただけじゃないのか?」
自身を追い詰める様に。
「覚悟を決めろ。俺は――――――――」
それが、幾ら辛くて痛くて苦しいモノだとしても。
もう、俺は。
なりふり構っていられない。
「『強さ』を、手に入れる」
立ち上がり、俺は鞄からあるモノを取り出す。
逃げていた――ある、『電気』の可能性。
その可能性が、このモバイルバッテリーの中に有る。
「……やるか」
深呼吸をして、俺は座る。
正直、まだこれに触るのは怖くてたまらない。あの時の電撃の痛みは忘れもしない。
でも――俺がこのまま、弱いままでいる方がずっと怖いんだ。
「……『増幅』!」
意を決し、俺は前の通り詠唱と共に伸びるコードへ魔力を送り込む。
「――っ、がっ……」
違和感と共に、変換された感覚の後に電気が俺を襲う。
言葉に出来ない痛みと魔力の減少。
葉を食いしばって耐える。
苦しい――しかし俺は、コードを離さず握り続けた。
やがて『電気』が、俺から離れていくような、そんな感覚。
「はあ、はあ……」
その感覚が無くなるのを感じた後、俺はコードを離す。
一瞬だが、途轍もなく長い時間。
震える手を抑え、思考する。
「……まるで、俺の魔力が充電されたみたいだな」
この世界に来てモバイルバッテリーの電気残量を示すランプは、消えたままだ。
4つあるランプの内、1つも点いていない。
……もしかしたら、こいつに魔力を貯めておける、のか?
仕組みも全く分かる訳が無い。あえて言うなら俺の『魔法』。
……試す価値は、きっとあるはずだ。
「『増幅』、『増幅』、『増幅』」
もう止まれない、俺は魔力を増幅させて。
「『増幅』!――っ!」
再度コードに魔力を送る。
気を抜いたら、あっという間に意識を失ってしまいそうだ。
―――――――――――――――――
「……点いた、か……」
何度魔力を送っただろう。
緑のランプが、そこには1つ光っている。
「次だ」
朦朧とする頭を抑え、俺は思考する。
俺の考えが正しければ俺の魔力は今、このモバイルバッテリーの中に貯まっているはずだ。
そしてそれを電気として引き出し、理由する事が出来れば。
俺自身に『電気』として――先程とは真逆、こちらが貯めた魔力を返してもらう。
その通りになるよう、綿密にイメージを描く。
「『増幅』!」
詠唱と共にモバイルバッテリーのランプが消えて。
『電気』として――俺の身体を伝ってくる。
「っ……ぐっ!」
痺れる痛みが、全身を駆け巡った。
紛れもなく、俺に電気として魔力が俺の元へ来ている。
しかし、他人から見れば何も見た目は変わっていない。ただ俺が痛がっているだけに見えるだろう。
「がっ……」
先ほどとは真逆の反応。痺れと共に電気が魔力へと変換されたようなそんな感覚を覚える。
連続して電気の痛みを味わい続けたせいだろう……俺は段々と痛みに慣れていた。
やがて胸に広がる魔力の充足感。
「消えないな」
その充足感は、自身で魔力を増幅した際の様に消えることは無い様だ。
これは使える……しかし、俺の求めている力はこんなモノではない。
俺は――『電気』の力が欲しいんだ。
「……ふー……」
深呼吸を挟む。
モバイルバッテリーへと、電気として魔力を送る……その行為は『充電』と言えるだろう。
俺はモバイルバッテリーに対し、電気を流している事になる。
なら――その行為の中、電気を流したままコードを離すとどうなるか。
例えば電源を入れたままコンセントを抜くと、プラグとコンセントの間で火花を起こす放電が起こる。
その場合は勝手に電源が落ち、放電は止むが……それをもし止まらなかったら?
スタンガンのスパーク放電を想像すれば分かりやすいだろう。
要はコードに流れようとしている電気を無理やり放電させ、魔力ではなく電気として俺に取り込んでやろうという考えだ。
「滅茶苦茶だな……でも、やってみるしかない」
出来るかは分からない、がイメージは出来る。
俺がどうなってしまうかは分からない、でも新しい可能性が見える。
身体が震える。これは恐怖か武者震いか。
「……ん……」
寝返りを打つ樹。心地良さそうだな。
……樹が居てくれるから、俺はこんなに強くなろうと思えるんだ。
本当に、ありがとう。
「待っててくれよ」
そう告げて、俺は樹から離れた場所に移動する。
何が起こるかなんて分からないからな。
「……」
黙って、精神を整える。これから起こらせる事をイメージしながら。
「やるか」
コードに手を繋ぎ、俺はイメージする。
流れる汗と震えを感じながら――
「『増幅』!」
魔力を流す。
身体の中で魔力が電気へと変換。
「ぐっ……」
そして、コードへと電気が流れる。
後は、自分のタイミングで。
力など要らない。この手を、電気を流しながら離す。
「っ!」
俺は――手を、離した。
瞬間。
「あああああああ!」
これまでの比ではない痺れ。身体の制御が効かない、気を抜けばすぐに失神するだろう。
俺は立つこともままならず地面に膝をついてしまう。
そしてその中――俺の手に、小さな雷が流れているのが『見えた』。
「……負けて、たまるかよ、『増幅』!」
この雷電が途切えてしまう事のないよう、俺は魔力を流す。
思うように動かない腕を無理やり上げ、手の先に宿る雷を俺の心臓の方に持っていく。
「ぐっ!ああああああ!」
そのまま、俺はバチバチと鳴る雷を胸に当てた。
鼓動が乱れ、身体が痺れて震えて痙攣する。
気を失いそうな痛みを耐えて、耐えて……俺自身に、俺の雷に叫ぶ。
「これが、この電気が、俺の持つ力だって言うのなら――」
思考などもう出来るわけがない。
しかし、強くなりたいという思いは消える事無く、寧ろ増えていく。
「――黙って、俺のモノになれ!!!」
心臓を掴む勢いで、雷電を胸に押し付ける。
脳裏に作られていくイメージのまま、俺は詠唱を。
「『
詠唱が終わると、これまでの痛みが、痺れが、震えが嘘の様に消えていく。
それでも、雷電は消える事無く身体に広がっていった。
青白い電気が、俺の身体を包むように放電している。
「やった、のか」
流す魔力を止めると、その雷電はぱったりと消える。
「……はは、流石にもうやめといた方がいいか」
もっと試したい事もあるが――それは今度にしよう。魔力はまだあるが……気力を使い切ってしまった様だ。
地面に横になればもう、灰色の空が明るくなっていた。
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