左腕

「はっ、はっ……っ」


息が、出来ない。


湧き出て来る流れていく大量の血と、幻肢の痛み。


今まで有った左腕が無い、その現実に発狂しそうになる。





「――」


「――」




近付いてくる機械音に、俺はどうすることもできない。


情けなく蹲るだけ。戦わなくては、逃げなくては――


そう思っていても、身体が動かない。


「……!」


迫る二匹へ向けて、樹の攻撃魔法が飛んでいく。


素早い動きとその擬態能力のせいで、遠距離攻撃はほぼ意味がないだろう。


当然それは当たらない――が、対象は俺では無くなっていくのが分かった。


「――」


「――」


俺の横を、何もせずに過ぎ去っていく化け物共。


もう――俺はもう、『敵』として見られていない。




「……あ、あい、く、ん……まって、て」




震える声が、俺の遥か後ろからしっかりと聞こえた。


恐ろしさの中で、俺を助けようとする、『意志』を感じる。


――立てよ、俺。何をやってるんだ。




「……ぐっ!あああああ!」




痛みと朦朧を誤魔化す様、大声を上げて立ち上がる。


歪みは二つ、樹の近くへ迫ろうとしていて……樹は攻撃魔法で応戦するものの、化け物は余裕で避けている。


――そんな、震えている、樹が見えた。


「――――『増幅』!!!」


消えかけていた炎を、最大火力で点火。


溢れる炎が、俺を包んで燃え盛り……そのまま俺は化け物の元に。


「……」


走りながら、俺はイメージを行う。


いつもなら創り得ないが……今は。


痛みが、血が、嫌でもそれを形作って。


「『創造』」


詠唱と共に、傷口から炎が溢れ出て形を変える。


まるでそれは――『悪魔の左腕』。


失った腕が、蒼炎によって創られていた。


「俺の樹に――触るなよ」


気付く隙も与えずに、燃え盛る左手で化け物を掴む。


当然逃げようとするが、蒼炎は離さない。


金属の、焦げる臭いが俺の鼻を突く。


同時にそいつの擬態が解け、爬虫類のような姿が現れた。


掴んだまま、頭の辺りを膝で思いっ切り蹴る。


「――……」


そいつは頭の部品が取れ、もう動かなくなった。


「――!」


一方の一匹が俺から離れて行こうとするが、逃がさない。


もう動かなくなった化け物を捨てるように投げ、最期の一匹の前に立ちはだかる。




――――――――――――――――――――



「――…………」


最後の一匹となった化け物は、呆気なく倒す事が出来た。


ばらばらになったそいつを確認して……俺の炎は消えていく。


同時にゆっくりと、俺の身体は崩れ倒れていった。



「……ぐっ……」


忘れていた痛みも、忘れさせない様蘇っていく。



「藍、君……藍、く、ん!」




樹のその心配そうな声と共に、俺は抱かれ支えられる。


心地いい温かさが、冷たい俺の身体を包んでくれた。




「……ごめんな、腕が無くなっちまった、はは」




そんな事を力なく口にしながら、樹に身体を預ける。


間もなく回復魔法が、俺の全身に施されていく感覚を受けて。



あれだけあった痛みも緊張も無くなったせいだろう――何時しか俺は、瞼を閉じていた。

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