擬態

どうして気が付かなかった?


こんな距離になるまで、こんな敵意を感じるまで。姿はまだ見えないが、かなり近くまで来ている。


油断なんてしていない、これまでなら確実にもっと前に感じていたはず――



「っ、なんでだ」



漏れる言葉。


しかしそんな事を呟いても、何も変わらないのは分かっている。



「……」



俺に纏われる、聖のベール。


樹が施してくれた様。


少しだけ、冷静になれた。



「ありがとう、樹。……増幅!」



まずは、この囲まれている状況から離脱しなくては。


俺は、靴に魔力を込め――樹を抱えて全速力で走る。



「――!」



逃すまいと俺達を追ってくるであろう、化け物達。


不意を突けたか、距離を少しだけ取れた――


樹を下ろした後、そう思った束の間。



「……どう、なってんだ?」



振り返る――俺は、目を疑った。



さっきまで確かに居た化け物が、『消えて』いたのだ。



「樹――俺から離れろ!」



嫌な予感が、俺を襲って止まない。


「……!」


俺が叫ぶと、樹は俺から距離を取った。


「『増幅』、『付加』」


それを見て確認し――俺は蒼炎を纏う。


油断すれば一瞬でやられる。


鞄から長い方のスタッフを取り出し、構えた。



「――」



右から聞こえた微かな機械音。


それが、近付いて……来る!



「っ!」



感覚に身を任せ、俺は横に避ける。



「……はあ、はあ……」



一瞬、見えた。透明のもやがかかったような、機械の姿が。


どんな仕組みかは分からない。だが、嫌でも分かった――こいつらは、擬態機能を持っている。



「――……」


依然として、この灰色に潜んでいるであろう化け物達。


しかしさっきの姿を見れたおかげか、目の前の光景の違和感に気付く事が出来る。


コイツ等が居る所は、微かだが空間が歪んだ様に見えるのだ。




「――っ!」



俺はその空間に向けて走り、鈍器のようにスタッフを振る。




「――!」



俺の攻撃は間一髪避けられる。だが、俺の考えは当たっていた。


大丈夫だ、俺達の攻撃は通じる。



「っ!」



左から跳んで来た一匹を避け、もう一度前に居る一匹を狙って蹴りを放つ。



「――――!」



避けられた、だが元々の狙いはお前じゃない。


攻撃を仕掛けてくるであろう、もう一匹。その方向、タイミングは見なくても分かる。


これまでの戦闘経験の勘は、見事に働いてくれたようだ。



「――らあ!」



視認出来ずとも、予測と感覚で反撃出来る。


俺は右から襲ってきていた化け物にスタッフを振るった。



「――……」



潰れていく、嫌な感覚。


渾身の一撃と、手に伝わって分かる。


機械の部品の様な物がばらばらになって俺の元に落ちた。



「……どこだ」



その手応えを覚えている暇も無く、俺の背中に冷たい汗が流れる。



歪んだ対象が目の前から『一匹』、いつの間にかいなくなっていたのだ。


周りを見渡す……いない。ぱったりと、『消えた』様に。



「――!」



見えていた一匹がここぞとばかりに俺を襲ってくる。



「――はあ、はあ……くそ、どこだってんだ」



なんとか避けて、また周りを見ても何処にもいない。


樹の方にはいなかった……なら必ず俺の近くに居るはずだ。




「――!」



間髪入れず俺に向かってくる化け物。


俺は焦燥から来る動揺か、避けた拍子に体勢を崩してしまう。





「……――――――」





立ち上がろうとした時、背後から機械音が聞こえてくる。


今まで全く気配を感じなかった、それなのに。


タイミングを伺い、『ずっと』、潜んでいたように。




「――っ!」



俺が身体を動かす前に、そいつへ光の槍が飛んでくる。


樹の攻撃魔法だ。しかし当然、それよりも背中の化け物の攻撃の方が早い。



……ベールが、割れる音が、耳を。






「っ、あああああああああああ!」



俺の左腕が――――無くなっていた。

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