この世界に、彼が居るのなら①

僕は、夢を見ていた。


何時だろう、何処だろう、なにも分からない。


気付けば僕は、藍君の隣に居た。


一緒に手を繋いで歩いている。


凄く心地いい、安心する場所。


「……――……」


藍君は、僕に向かって何か言ってるけど……分からない。


でも、何故かその顔は凄く悲しそうだった。


次第に藍君の話す声は遠くなっていく。


繋いでいた手も外れて――


「――お別れだ、樹――」


そう告げる藍君の声が、聞きたくない言葉がしっかりと聞こえてしまった。


「藍君、行かないで――」


僕が否定の言葉を叫んでも届かない。


藍君との距離が、どんどん離れて。


背中に、何かが近付いて――


「「「「「「「「「「――」」」」」」」」」」」


振り向いたら、沢山の人が居た。


王様に王女様、歓迎会に居た人がいっぱい。


僕を誘うように不気味に笑って。


そして僕を見ているようで――僕を見ていない。


見ているのは僕じゃなくて、僕が持つ魔力だ、固有能力だ、僕じゃない。


僕がこの世界に来て、唐突に得た『それ』に集るように……その人達は僕に手を差し伸べてきた。


「――っ、い、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」


悲鳴が僕の中から漏れる。


それに構わず僕に集まり、僕の身体に手を――


――――――――――――――――――――――


「――っ………はあ、はあ」


悪夢から目覚めた場所は……僕の知らない場所。


冷や汗が身体に纏わりついて、気持ち悪い。


大きなベッドに、僕だけが居た。


そして――僕のすぐ横に誰かが居た形跡。


藍君の、匂いがした。


僕の脳裏に先程の悪夢の光景が蘇る。


――《「お別れだ、樹』》――


現れる、嫌な予感が僕を駆け巡っていく。


行かないと。


行かなきゃ、藍君に、藍君に会わないと。


「っ!」


僕はベッドから起きてドアに向かい、急いで開けて外に出る。


光景は下に続く階段と廊下が見えた。


普通の家みたいだ、一体藍君は何処に――


僕が思考していると、下で物音がした。


ちょうどこの階段を下りた部屋だ。


「はあ、はあ」


走って僕は階段を下り、その先は――


「来たか。……起きるのが少し、遅かったな」


古風な部屋に居た人物は、藍君ではなくて――アルスさんだった。


椅子に座り、僕を待っていたかのようにそう声をかける。


「あ、藍君、は……」


僕は、答えを聞きたくなかった。


でも、答えを求めるしかなかった。


あるはずのない……藍君がここに居るという希望を求めていたから。


「……」


アルスさんは、黙り込む。


その姿は、今までの彼にはとても似合わなかった。


「あい、く――」


「――もう行ったよ、お前がもう、手の届かない場所に」


……その答えは、僕はもう分かっていたのかもしれない。


でも、聞いてしまったらもう、もうそれが真実なんだ。


もう、藍君はここにいないんだ――


「う……っ……う」


その事実を感じれば感じる程、僕の目から涙が零れ落ちる。


立つ気力も失って、僕は崩れ落ちてしまった。


これまで無い程に僕を、悲の感情が襲う。


「…………あー……ったく。悪かったよ、俺もあいつを彼処までやるつもりは無かったんだ」


そう嘆くように言うアルスさん。


「昔の俺を見ているようで……酷く感情的になっちまった、情けねえな」


ため息をつき、アルスさんはそう呟く。


「藍、君は……」


確かめるよう、アルスさんにそう問う。


僕を見て少し間が空いた後……アルスさんは口を開く。


「……『転移』した、この世界の遠くの何処かにな。その場所はもう俺にも分からねえ」


初めて聞く言葉だけど、なんとなく分かる。


『何か』を用いて、藍君は何処かに行ってしまったんだ。


……なら。


「藍君は、何を使って……転移、したん、ですか?」


僕は、意を決してそうアルスさんに質問する。


「お前、まさか……馬鹿な事考えてるんじゃねえだろうな」


「……」


僕は肯定の意味を込めて黙り込んだ。


そうだ、藍君と同じ場所に転移すればいいと僕は考えてる。


それがどれだけ無謀な事か、僕には分からない。


世界がどれだけ広大なのか。


その広大な世界の中で、藍君に会える事象がどれだけ奇遇なのか。


それを僕は分かっていても――同じ答えを出すだろう。


「おし、えて、下さい」


僕は、頭を下げる。


「……アイツは、随分と『一人』が良いって言ってたぜ、それでもか?」


アルスさんはそう告げる。


でも、僕はもう分かってるんだ。


《――「お前を守れるぐらい、強くなりたいんだ」――》


《――「俺がお前を守るからさ。これからも一緒に頑張ろう」――》


藍君が、ずっと強くなりたいと思っている事。


藍君が、僕を守り続けてくれようとしていた事。


アルスさんに負けて――『僕を守れない』、そう考えて一人になろうとした藍君を。


でも……違うんだ、藍君と王宮を二人で出発した時から――僕がずっと思っていた事は。


誰かに守って欲しいとか、誰かにずっと助けてもらうとかじゃないんだ。


僕は――ただ藍君と一緒に居たい。藍君が見る光景を僕を見たい。藍君と強くなっていって、藍君の為に役立ちたい。


だから僕は、藍君の元に行くんだ。


今度は守ってもらうだけじゃなくて――僕も藍君を守るために。


「……」


意思を変える姿勢を見せず、僕は黙って頭を下げる。


「そうか。お前が何を言っても無駄ってのは分かった……頭を上げな」


アルスさんは諦めたようにそう言う。


「……?」


「俺はお前がどうなろうがこの先関係ねえ……だがほんの少しだけ、『手助け』してやるよ」


顔を上げた僕を見て、アルスさんは笑い言った。




「適当に寛いでな、お前の旅準備をしてやる」



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