夜も更けて


洗い物は樹に任せて俺は肉を片付けよう。


さて……保存する方法だが、樹が洗ってくれた弁当箱に仕舞おうと思っている。


俺の能力からして、弁当箱の保存能力が上がると考えたからだ。


「……こんなもんか」


肉を弁当箱に移していく、俺のが大きめで良かったな。


気休め程度に魔力送り込んどこう。



……まあ、無理だったら明日分かるさ。



「……」



ふと樹を見れば、片手から水を出してもう一方の手でゆすいでいる。


本当に不思議だ。水道代ゼロ円。




俺がそんな光景を見ていると、樹は洗い物を終えたようだ。


焚き火の前に座り、洗ったものを乾かしている。



水……そういえばあれだけ食べたのに水を一切飲んでない。


前の世界とは、明らかに身体が変わってるってのが分かる……でもなんか、意識したら飲みたくなってきた。



「樹、ちょっと頼みたいんだけどいいかな?」


「……」



俺がそういうと樹は頷いてくれる。


洗ってくれた水筒を手に取り、俺は樹に差し出した。



「この中に、水を入れてくれないか」



「……?」



戸惑いながらも樹は水筒に水を入れてくれた。


「ありがとう。んじゃ――……どうかしたか?」


礼を言い、水筒に口を付けようとした瞬間――樹がそれを掴んで止めた。


「……そ、その……それ、なら……」


樹は俺の水筒を手に取り、一旦中の水を捨てて。


なにやら目を瞑り、さっきより何倍もの時間をかけ水を入れる。



「……どう、ぞ……」



そう言い水筒を渡してくれる樹。


見れば最初の水より凄く透明で、綺麗だ。


さっきのも十分透明だったんだがそれよりも目に見えて分かる。


「ん、う、美味い。それに……これ」


それは、俺がこれまで飲んだ水より何よりも美味しかった。


飲んだらそのまま、身体にそのまま染み込んでいくようで。


しかも何か、疲れた身体が回復していっている感覚だ。



……これも樹の固有能力のおかげだろうか?水魔法も適正10だったっけな。


いや。



「…………」



恥かしそうに、照れて俯く樹。


俺なんかの為に、本当に何でも頑張ってくれる彼女。


樹の俺に対するその気持ちが、その魔法や能力より何よりも俺にとっては……



「樹、あのさ――」



時はもう、夕暮れを越え夜の間中に入ろうとしている。


『一日の終わり』、激動の時間はあっと言う間だったな。


その中で、俺は一杯樹に助けられた……そして、そんな日の最後くらいに。



樹にずっと言いたかった事があるんだ。


こんな台詞、傍から見れば見てられないような恥かしいものかもしれないが。



「――ありがとう、『魔法』とか『能力』とか関係無く、俺は……『樹』が一緒に居てくれて嬉しいよ」



俯いたままの樹に、しっかりとそう言う。


もし樹が違った力を授かったとしても、もし何も無かったとしても……俺は同じ台詞を樹に言うだろう。


魔法や能力があるから俺と居てくれて嬉しいんじゃない、樹だから俺は良いんだ。




今日、様々な出来事からそんな事を何回も思ってきた。


そしてそれは、この先も樹と居る限り何度でも実感して行くんだろう。



《――「俺は、『一人』じゃないと駄目なんです」――》



過去の俺の言葉は何もかも間違っている。


そしてその間違いは、彼女によって救われた。



本当に俺は――幸せ者だ。



「……っ……」



不意に身体を俺に寄せてくる樹。


樹はそのまま、顔を隠すように俺の腕に押し当てた。



「ど、どうしたんだ?」



突然の樹のその行動に、鼓動が上がる。


樹の体温が、すぐ近くに感じる。


そして腕が、『濡れて』いる。



「……藍、君……僕――」



距離が近い為に樹の声が良く聞こえ。


樹が泣いている事も、声で分かった後。






「――本当……に、藍君に、会えて……良かった――」






泣きながらそう言う樹。


彼女の涙は、悲しい涙ではない事は分かる。


今までの俺の決断は――少なくとも、樹に対しては間違ってなかったようだ。





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