『火の勇者』
――勇者召喚が行われ、世間が騒がしくなるも早、月は半周を経過。
真昼に目を覚ましてベッドから立ち上がる。
俺は王都での適当な家に住んでいるが……あれから世界は変わっておらず、依然としてここは平和だ。
もちろん魔族領域付近での物騒な知らせは聞くが、俺には関係ない。
まあここまで魔族が来たら俺も戦ってやるさ。むしろそんな奴らなら俺から願いたい。
……そんな事を考えながら、玄関から出て外の手紙受けを覗く。
いつも通り大量の封筒。しかし、一つだけ見過ごせないものが一つ。
王宮から送られるものには種類があり、今回は王からを示す赤色の封筒。中にはまた赤い宝石のようなものが入っている。
これが示すのは……『王の緊急依頼』。
今すぐに王の元へと向かい、依頼を受けなくてはならない。
……面倒だが、しょうがない。俺の、この立場の上じゃな。
―――――――――――――
寝起きの体を王宮まで引っ張る。
宝石を門番に渡せば、あっという間に王の座まで案内していった。
「よう、久しぶりだなアドルフ王。緊急依頼ってのはもっと久しぶりじゃないか?何だ」
開口一番そう告げると、周りはざわつく。
俺はさっさと依頼をこなしたいだけだっての。
「待っておったぞ。依頼というのは……ある人物の始末だ。頼めるか」
「ほう、珍しいな。わざわざなんで俺に?そんな強いのか」
少しだけ期待が膨らんで、鼓動が早くなるのを感じる。
「そういうわけではないが、相手がかなり特殊でな。……『異世界の勇者達』の内の一人だ」
強くないってのには落胆だが……相手がかなり特殊だ。
「おいおい正気か?まずあいつらはまだ王宮の中だろ」
異世界の勇者達といえば、これから一月は王宮で訓練だろう。
しかも異世界の勇者って言えば、王が一番欲しがってた奴らじゃねえか。
「……それが少し想定外の事が起こってしまっての。一人王宮から抜け出したのじゃ」
「ぶっ、何やってんだよ。……んでも、それで殺すなんて酷い話じゃねーか。連れ戻して教育するなりするってなら分かるけどよ。一応勇者様だぜ?」
思わず吹いてしまうと、睨む王。怖い怖い。
流石にここに突っ込むと機嫌悪くなりそうだし、適当な疑問を投げ掛けてみる。
「それはの……わしもあまり信じられんのだがな」
珍しく溜めて話し出す王。
「何だ?何しでかしたんだよ、そいつ」
「……あろうことか、同じ世界から来た、異世界に勇者三人に危害を加え、内一人は気絶までするほどやられてしまってな」
……ほう?面白いな。
「これだけで終わればまだいいんじゃ……だが」
おいおいまだあるのか?問題児すぎだろうそいつ。
「よりによって、同じ世界の勇者の一人をさらって抜け出しおったんじゃ。しかもその一人は、勇者達の中でもかなり優秀な者での」
「……ははっ、すげーじゃねえか!三人ぶっ倒した後、その優秀な勇者様もついでにさらって王宮から抜け出したって?」
正直な話、前『勇者歓迎会』の時はそんな事を仕出かしそうなヤバい奴は居なそうに見えた。どいつもこいつも平和そうな顔ばっかりだったからな。
俺の見る目もまだまだってわけね。
「しかし勇者三人の供述によれば、突然対象に呼び出され行けば、いきなり魔法を行使されたらしくてな」
「ほう?」
「当然、三人は無警戒だったため、武器も何も所持しておらず、反抗できないままにそのまま容赦なくやられてしまったそうじゃな。内一人は魔法が得意だったんじゃが、唱えようとすれば、持っていた鈍器で殴られてしまい詠唱は中断せざるをえなく、成す術もなかったと」
非常に悔しそうであった、と付け加える王。
「はは、容赦ないな。まあその鈍器野郎はそんな強くないって言いたいんだろ?」
「うむ……魔力量と能力を考慮すれば、まともに戦えばまず勝ち目は三人に上がる。一対一で戦っても三人全員が勝てるじゃろう。だからこそ対象は卑怯な手を使ったんじゃろうが」
「おいおい、そんな弱いのか?いくら勇者の始末とかいう極秘の依頼っても、俺じゃなくても大丈夫じゃねーの?」
ただの卑怯者を駆除するってのもな。
「それが、さっき優秀な勇者一人をさらっていったって言っただろう?魔力量1億、回復魔法強化と絶対にこの先手放しておきたくはない人材でな」
……おいおい、召還してすぐ、最初から魔力量1億だと?規格外ってもんじゃない。
「はは、そんな奴がいるのか」
いかん、ニヤけが出てしまうな。
「……聞いておるか?ここまで聞けばなぜお前に頼んだか分かるであろう」
「ああ……その卑怯野郎が何仕出かすか分からないから、即急に、確実に、連れ帰る俺みたいなのが良いわけだ」
「まあそれでよい。始末する事に関しては……」
「ああ、分かる分かる。そんな卑怯で弱い野郎は教育する意味もないし、放置すればそいつがまた暴れるかもしれないからな。今の内に裏で処理しとこうって所だろう、一応勇者だし」
「分かっておるなら良い、それならもう今から向かってくれるかの?勇者達を混乱させたくないのでな」
「はは、その卑怯野郎が居なくなるのは良いのかよ」
「……それじゃが、いつも食堂では一人で自分達を睨み付け、また周りからも嫌われている存在と、三人が言っておったな」
「ぶっ、そうかよそうかよ。いなくなっても誰も心配しないってか?悲しい奴だなおい」
「自分から抜け出したのもそういう背景があるのであろう。対象の情報は把握しておくか。固有能力や魔力量は――」
「ああ、いいよ。名前と魔力を見せてくれればそれだけでいい」
王を遮ってそう言うと、分かっていたように名前と似顔顔が乗った本を開き、あるページを開けて渡してくる。
「……アイ、ユウスケね。まさか、『アイツ』とはな」
「ふむ?何か覚えがあるのか」
「はは、そんなんじゃねえよ。大したことじゃない」
コイツとは一度話した事がある、それだけだ。偶然って怖いよな。
「それでは、サインを」
王の執事が依頼受諾書を渡してくる。
それにつらつらと書き、渡した後王の間の出口へと向かった。
「んじゃ言ってくるわ、まあ明日には全部終わってるさ。忘れてねーとは思うが、王様、『アレ』、忘れんなよ」
--さて、面倒だが出発と行こうか。
―――――――――――――
彼が出ていった後、王の間には再び静粛な空気が降りる。
「全く、彼には礼儀というものを知って欲しいですな」
執事、シュタインがそう王に溢し、それを王が笑い答える。
「あやつは十分過ぎる程我が国に貢献しておる。まあそう言うでない」
そう言うと、シュタインも分かっていたように笑い答える。
「ふふ、そうですな。失礼を。その通りです」
再び静まり返る王の間。
シュタインが持つ依頼受諾書には、荒々しい筆跡で彼のサインが書かれている。
――『アルス・ルージュ・イェーガー』、これが彼の名。
『王国ヴィクトリアス』の英雄の一人である。
その強さで幾多の敵を払い、数多の民を救い、王国の危機を薙ぎ払った。
数々の注目を浴び、王国で知らぬ者はほぼいないと言う程になった時。
『民』は彼を、『国』は彼を、『世界』は彼を、こう呼ぶようになった。
「……『火の勇者』、彼は本当に、この呼び名に相応しい」
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