お返し

――駄目だ、なんとかしないと。




俺は心拍数が跳ね上がるのを押さえながら考える。



……うん、そうだな、会話しよう。話してたらなんとかなる気がする。



「樹、こっち来てくれないか?」



まずは距離をなんとか近づける。ずっとベッドとベッドでは話すことも出来ないからな。



「……?」



樹は、頭にハテナマークを浮かべながらもこちらへ来てくれる。



俺のベッドへ腰かける樹。



樹の風呂上がりの香りと、その姿が間近になったことで俺の思考を著しく狂わしていくが、なんとか保つ。



よし……距離は近づいた。



あとは話すだけ。



「明日は冒険者ギルドに行って、どんな仕事があるか確認してから出来るものを受けてみるか、何にせよお金を稼がなきゃな」



「……」



「多分今日のゴブリンみたいなのを討伐するような依頼が多いと思うが……それでも大丈夫か?」



「……」



「はは、よかった。また樹の回復魔法にお世話になるかもしれないが……その時は頼むよ」



「……」



うんうんと頷いてくれる樹。



ちょっと俺も落ち着いてきたかな。さて……



「それでその、信用してくれてるのは嬉しいんだけどさ。ちょっと無防備かもしれないぞ?」



俺だって男だ。もちろんそんな度胸はないが……獣にならないとは限らない。こういうのは言っておかないとな。



「……?」



こちらを見ながら、コテンと首を傾げる樹。どうやらピンとこないらしい。




「その……なんていうか、樹って可愛いだろ。正直言うと、一緒の部屋ってだけで……ってあれ?」




「……あ……う……」




途中から小さく声を上げながら、目に見えて顔が赤くなる樹。



そして、倒れこむように頭を俺のベッドに埋める。



「い、樹?どうした」



予想できない行動に、思わず声を掛ける。




「………………」




それから返事はない。



うーん、座っている俺の横に顔をベッドに押し付けている樹がいる。中々奇妙だよなこれ。



俺の太もものすぐそこに樹の頭が……もしかしてこれ、信用してますって言いたいのか?



何か違う気もしないが……樹が俺を信用してくれてるならそれでいいや。



それにしても、さっきから樹が足をペチペチ叩いてくる。



なるほど、この前のお返しをしろと。




「膝枕か?……はは、いいけど俺の足、そんな気持ちよくないぞ」




膝枕と言った瞬間、樹の体がビクッと反応する。



おお、大当たりか?気持ちいいもんな膝枕。



ははは、中々俺も樹の事が分かってきたな。



……あれ、その割には中々来ない。



「前のお返しって事だよな。ほら、きていいぞ」



俺がそう言うと、ゆっくり頭を俺の太ももの上にのせてくる。



頑なに顔をこちらへ見せないのは気になるが……まあいいか。



ここまで俺を信用してくれてるってのも分かったし、樹との距離はこれでグッと近付いただろう。



「樹、後悔とかしてないか?俺と旅するって事に」



ふいに、漏れるように口から出てきた言葉。



樹は守りたいとも思ってるし、出来るだけ危険には合わせないようにはしたいが、それでも、俺は俺だ。



能力は不安定だし、魔力もないし属性魔法も使えない。剣術だってそこらの冒険者には敵わない程度だろう。



不安と言えば不安。



だからこそ樹には、もう遅いかもしれないが


今聞いておくべきだ。



これまでの俺の言動でこいつとは無理だと言ってくれたら、まだ引き返せる。



そう今まで思っていたが、距離が近くなったこの瞬間、自然と口から出て来たのだろう。



そして、答えは。



「……僕は……」



沈黙。



「藍君と……その……これからも一緒がいい、です」



それは、小さくも俺にはっきりと届いた返事だった。



樹は言い終わると同時に顔を俺の足に埋める。



……俺とした事が、恥ずかしい事言わせちゃったか。



「そっか。よかった。……樹」



俺も言えば、おあいこだよな。



「……」



しばらく沈黙を挟み、恥ずかしさから視線を天井に逃して、口を開く。



「……その、俺がお前を守るからさ。これからも一緒に頑張ろう」



か、顔が熱い。



「……樹?」



反応がないと思えば、すーすーと寝息が聞こえて来た。



「はは、おやすみ」



俺の恥ずかしい言葉は、聞かれることがなく。



……うん、ちょっと良かったと思う自分もいるのが嫌である。



「……よっと」



樹を起こさないよう下ろす。樹はずっと下を向いていたので、寝顔を見れることは無かった。



……ちょっと勿体ないとか思ってないから!





さて、寝るか……あ、これ俺樹のベッドで寝ることにならない?



……これはしょうがないって、そうだろ俺。



し、失礼しまーす。



うっ樹の香りが……おやすみなさい。俺に罪はない。





遅くなったが、もう明日からいよいよ『冒険者』として活動が始まるんだ。


どうなるか俺も分からないが、なんとかやっていくしかないか。


同時にこれからの日々がどうなるか楽しみでもある。


男のサガか、ファンタジー世界で生きていくってのは今更ながら興奮しているんだろう。


樹と二人でこの世界を、か……本当に俺にはもったいないぐらいだよ。


そんな思いと樹の香りで、少し寝つけない。



……だが無事に今までの疲れから、俺の意識は無くなっていくのだった。

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