第三章 紅葉綾灰 PART14

  14.



「え? ほんとにっ!?」


 私が驚きの声を上げると、春田君は口に人差し指を当てながら、小さい声で述べていく。


「ええ。確かな情報ではないので、これから調べる所なのですが」


 春田君の兄・春田順平はるた じゅんぺいさんはやり手のウェディングプランナーで、若くして副支配人まで上り詰めていた。だが彼は3年前、会社内で焼身自殺をし、その理由が過労の末と断定されていた。


 急死をとげた兄に納得がいかず、弟の春田俊介さんは哀しみに暮れながらも、葬儀会社に就職した。彼の自殺理由を探っている所に今回のお仕事が入ったというわけだ。


「その相手が兄の会社内にいたそうです。周りには公表せずにいたそうですが、その彼女が他の業者とも付き合っていたらしいという噂を聞きました」



 ……まさか結婚式場内で詐欺師がいるなんてねぇ。



 あり得ない話ではないが、それならば確かに公表できるはずがないし、筋道は通ってしまう。


「なるほど。大きな金額が動くからね、結婚式場は……。付き合っていた相手が一人じゃないなら、詐欺の可能性もあるね」


 ありえない話ではない。香典泥棒がいるように、多額の資金が動く所では詐欺師もいるだろう。お金がらみで彼が自殺をしたというのであれば、保険金絡みなのだろうか。


「お兄さんは生命保険には入っていたの?」


「いえ、それが兄は病気に掛かっていたようでして……入っていなかったようです。元々、長生きはできないようだったみたいで……」


「え? そうなの?」


 知らない情報だった。催促すると、彼は咳を切った後、再び告げた。


「実は夏川さんから情報を頂いて調べた所、兄は癌に掛かっていたようなんです」


 春田さんは再び話を続けていく。


 夏川さんの祖母・夏川静なつかわ しずかさんも実は癌に掛かっており、そのセミナーを密かにしていたようだ。そこで二人は出会い、意気投合したらしい。


「夏川さんのおばあ様が書いてあった言葉が、うちの兄の所にあったんです。それで夏川さんと話し合っていくうちに、新たな情報が見つかっているんです」


「なるほど……」


「兄の通帳預金が空になっていたのですが、僕はてっきり両親が片付けたのかと思っていました。もしかすると、その相手に振り込んだのかもしれません」



 ……お兄さんはどうして亡くなったのだろう。



 一生懸命に働いてきた体に病気が進行し、さらに結婚を約束していた相手に裏切られ、満身創痍だったに違いない。


 だが会社内で自殺というのはやっぱり納得できない。


「まだ何かありそうだね……彼女だけでなく、病気、仕事、色々悩み事はあったんだろうけど……」


「そうですね……なぜ自殺なのかは未だ、わかってませんね」


 どんな理由があるというのだろう。どれだけ追い込まれていたのだとしても、彼のお兄さんになら最後まで生き抜く力がありそうだが。


「また何かわかったら教えてね。私にできることはないかもしれないけど、できるだけ力になるから」


「ありがとうございます。その気持ちだけでも嬉しいです」


 春田君と話し合っていくうちに祭壇は出来上がっていく。だが今日一日でできる規模ではないため、木山さんの合図で明日に持ち越しになった。


「よし、今日はここまで。明日は朝早くから動くからな、皆、早く寝ろよ」


「で、何時から飲むんですか?」


 財津支社長が笑いながらいうと、木山さんは真面目な顔で即答した。


「あほ、今からに決まってるだろう。飲みたい奴は俺について来い、ただ酒飲ませてやるぞッ!」


 盛り上がる施行部隊の中で、一人宇藤君だけ浮いている。彼もお酒を嗜むくらいはできるはずなのだが、どうしたのだろう。


「それじゃ、僕はそろそろ行きますので。明日もまたよろしくお願いしますね」


「うん、こちらこそ」


 春田君を見送ると、宇藤君が汗に塗れながらこちらに来た。



「お疲れ様です。秋尾さん、もしよかったら二人だけでご飯に行きません?」



「え、どうしたの? 木山さんについて行かないの?」


「ええ。実は、秋尾さんに話しておきたいことがあるんです」


 心臓が大きく鼓動する。こんな大舞台でそんなことをいわれると、期待してしまう自分がいて嫌になる。


「今日じゃないとダメなの?」


「ええ、今日じゃないと駄目なんです」


「じゃあ木山さんの所はどうするの?」


「それは僕の方から挨拶しておきました。木山さんに了承して貰ってます」


「うん、わかった。じゃあ準備するね」



 ……何の話なのだろう。



 ホテルの部屋に入り、着替えを済ませていく。施行が二日に渡るため、私服も持ってきていたのだが、あまりはめをはずし過ぎてもよくない。


 結局、普通の丈のスカートを履いて部屋を出ると、宇藤君はカラフルな服装で突っ立ていた。


「何だか私服だと別人みたいだね。イメージ違うなぁ」


「そうですか? 秋尾さんもスカートなんて履くんですね、意外です」


「そ、それくらい私だって履くよ。変だった?」


「いや、変じゃないですよ。似合ってます」


「うっ」


 真顔でそんなことをいわれると、何も言い返すことができない。


「う、宇藤君のくせに生意気だよ。ほら、早くご飯食べに行こう」


 ホテルの地下街に行くと、ひっそりとしたバーカウンターがあった。隣には豪勢な居酒屋があるようで、笑い声が上がっている。きっと木山さん達だろう。


「何にします? やっぱり生ビールですか?」


「んー、今日はちょっとカクテルにしてみようかな」


 一気に生ビールを飲み干したい気分だったが、こんな場所で頼めるはずがない。おしとやかに彼の言葉を待ちたい気分で、カクテルグラスを使った飲み物を頼む。


「マティーニで」


「僕はギムレットで」


 グラスを合わせると、宇藤君は妖艶に微笑んだ。何だかこの場だけ年の差が逆転したようで、心がひどく動揺する。


「そ、それで……話っていうのは……」


「ええ、それがですね……」


 宇藤君は神妙な顔をして告げる。


「いわなくてもいいことだと思うのですが、いっておきたいことがあるんです」


「な、何? もしかして愛の告白とかじゃないよね?」


 自ら踏み込み後悔する。そんな言い方をすれば、仮にそうだとしてもいえなくなってしまうだろう。



 ……私のあほっ。



 そういいながらも彼の言葉を待ってしまう。訂正する前に彼の言葉を待ち望んでいる私はもう、彼に惚れてしまっているのだろう。


「いえ、そうではなくて……」


「あ、そうじゃないんだ。よかったぁ、あはは」


 グラスを大きく傾けると、急激に体温が上昇していく。マティーニのアルコール度数に目が眩み、軽食も取らずに入った液体は私の熱を膨張させていく。


「そっか、そうだよね……はは、あはは……ごめんね、適当なこといって」


「すいません。そういう話の前に別のお話がしたいんです」



「そ、その前にっ!!? その前にってどういうこと?」



 宇藤君の顔も真っ赤になっていく。元々あまり強くないためか、顔から湯気が出ているくらい熱くなっている。


「そういった話をする前にということです」


「じゃあ、そういった話をする可能性があるってことっ!?」


 宇藤君を焼き尽くすように見つめると、彼は小さく頷いた。




「ええ、まあ、一応……その予定です」




 長い沈黙が続き、我に返る。


 どうしたらいいのだろう、本当に彼から告白してくれるとは思っていなかった。それを期待していただけで、思い出だけで実家に帰る予定だったのに。


 ジャズの小さな喧騒の中、私達は小さめのピザを頼み、一緒に齧る。先ほどとは違って、一切の話題も出ず、ただ静かに時が過ぎていく。



 ……どうしよう、どうしよう、どうしよう。



 頭の中を巡るが、祐一の影が見えない。すでに心は宇藤君に掴まれている。その告白を受けるというのであれば、私は東京にい続けるということだろうか。


「……いいですか? お話しても」


「ちょっと待って。ごめん、まだ心の準備が……」


 宇藤君は何をいうつもりなのだろう。私は何と答えたらいいのだろう。何も思いつかずただ、時が過ぎていく。


 きっと彼にいわれれば私はもう、戻ることはできない。同じ絶望を味うことよりも、彼との楽しい未来を望んでしまう。



 ……正夢になっちゃうのかな。あの時にはまだ、恋なんてしていなかったのに。



 久しぶりの胸のときめきに不安を覚える。10代の頃のように、彼だけしか見えず、周りの状況がぼやけていく。



 ……冷静でいないと。仕事の間柄なんだから、ちゃんとしないと。



 彼と共にいた2年間が走馬燈のように流れていく。お互いの愚痴をいいあいながらも、共に成長できるよう頑張ってきたつもりだ。ここで私が彼の告白を受けてしまったら、また別の関係に――。



「か、覚悟は決まりました! ど、どど、どうぞ……」



「そ、そうですか……」


 宇藤君はぐっとカクテルを飲み干して同じものを頼んで答えた。


「実は、前にこのホテルに仕事で来たことがあるといったじゃないですか?」


「う、うん……」


「その時に僕は仕事終わりにあると会っていたんです。彼女に他の男がいたと知っていても……」


「うん、それで……?」


 体が急激に冷めていく。彼の瞳に吸い込まれて口が開かない。どうしてだろう、嫌な予感しかしない。




「その女性が実は……春田さんのお兄さんのだったんです」

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