第三章 紅葉綾灰 PART6

  6.


「そう、大村社長が……」


 会社に戻り、指示者の高木たかぎ課長にお話しすると、彼女は顎を擦りながら頷いた。


「わかったわ。東京典礼様はほとんど秋尾ちゃんに任せているから、当日の規模に合わせて人手を決めてちょうだい」


「了解しましたっ」


 私が頷くと、彼女は小声で呟いていく。


「1200万の施工ね……施工はきっと200、250くらいになるわね。現場挿しになるから150くらいの花材が必要になるから……当日には花の在庫、予備分を含めて発注しないと……祭壇のデザインは木山きやまさんにお願いして……」


 高木課長の中で計算が組み込まれていく。何もない会場を想定し、想像の尺数で大きさを決めていく。過去のデータを頭の中で張り巡らせているのだろう。



 ……同期で入ったのに、彼女には大きく差をつけられている。



 施工をする技術は私よりも劣るが、計算能力が高く的確な指示を出すことができる彼女は課長にまで登りつめている。その分、残業量も凄まじいだろうが、後輩からも慕われており、人を扱う能力に長けている。


「高木さん、宇藤君を現場挿し要員として連れていってもいいでしょうか? 村岡社長からも推薦されているんです」


「宇藤君ねぇ……」


 高木課長の顔が曇る。


「彼の祭壇技術じゃまだ、今回の大型施工は厳しいと思うわ。各支社の責任者を集めないと厳しいわね」


「もちろん、そうだと思います。ですが、彼なら必ず力を発揮できると思います。彼の成長にも繋がりますし……」


「うーん、そうねぇ……」


 高木さんは首を傾けながら頷いた。


「うちの支社からは責任者の桑田さんを外して宇藤君を連れていくのも検討してみるわね。木山さんもいるし、何とかなるでしょう」


「ありがとうございます」


 私が頷くと、彼女は口元を緩ませていう。


「秋尾ちゃん、大分彼に肩入れしているわね。過去のことはもう大丈夫なの?」


「べ、別に宇藤君に惚れているとかじゃないですからねっ」


 大きく首を振って否定する。


「彼と一緒に現場を回っていると、彼は未だ満足できていないみたいです。あれだけ練習して、周りからの評価も上がってきているのは確かなのに、未だ本心を見せないというか……」


「そうなんでしょうね」


 高木さんは小さくため息をつく。


「宇藤君は努力家で誰もが認めているわ。でも彼は花にしか興味を示さないから、気難しいわねぇ。もう少し、人付き合いもして欲しいのが本音ね」


 宇藤君はタイムカードを切った後も、一人残って練習している。確かに彼は不器用で一つのことにしか集中できない。だからこそ、この2年でその力を十分に発揮してきているとも思う。


 私が夢を持って入ったこの会社で、彼は未だ夢を追い続けている。できることなら彼を応援してあげたい。


 

 のも、また一つの才能だ。彼は十分に素質を持っている。それを周りがサポートできれば、もっと開花していくだろう。



「私が説得します。宇藤君はこの会社にとって必要な存在になると思います。私なんかより……」

 

 実家の二文字が浮かぶ私よりも、宇藤君のひたむきな姿の方が新卒にも影響出るだろう。彼はきっと目標に到達すれば、周りを見ることもできるようになる。根は素直でいい子なのだ、今は見せることができていないだけで。


「……わかったわ。秋尾ちゃんがそこまでいうのなら、それでいきましょうか。あくまでも規模によるけどね」


「そうですね、まだ決まっていないですしね」


 話が纏まると、高木さんは肩の力を抜いて尋ねてきた。


「秋尾ちゃん、本当に帰ってしまうの? 私はいつまでも残って欲しいけど。あなたほど何でもこなせる人はいないし、会社も必要としているわ」


「すいません、まだ決定ではないのですが、いずれは……。うちの会社は高木さんがいれば大丈夫ですよ」


「そんなことないわよ」


 彼女はため息をつきながらいう。


「秋尾ちゃんがいるから、私は楽できているの。私にはこれしかできないから、正直、羨ましいよ」



 ……一つのものに特化できる人にも悩みはあるのね。



 完璧に見える彼女に悩みがあることにも疑問を覚える。


「仮に実家に帰っても、桑田さんとの結婚式の時には必ず行きますから」


「ば、まだ内緒にしてるんだからやめてっ」


 彼女は顔を真っ赤にして私の口を塞いできた。



 ……か、かわいい。



 三十代に入っても社内恋愛を隠し続ける彼女に愛らしさを覚える。作成責任者である桑田さんと付き合いが始まってもう一年は過ぎているのに、未だ彼女はそれを他人に公表していない。


 周りは新卒を含め、皆知っているというのにだ。


「……また一緒に飲みに行った時に相談乗ってくれる?」


「ひひ、もちろんです課長。今日は生け花教室があるので、無理ですけど……いつでもお供しますよっ。そこにもかわいい子がいるんです」


「そこにも?」


 高木さんは顔をしかめるが、私は頷きながら小さく微笑んだ。


「そうなんです。この年になると、淡い純愛ドラマを見るのが何よりも楽しみになりましてっ♪」

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