第二章 一蓮託唱 PART10

  10.


 

 通夜を終え、控室に戻ると息子さん夫婦が顔を合わせに来てくれた。


「ありがとうございます、夏川さん。母もあなたに読んで頂いて、喜んでいると思います」


「とんでもないです。私の方こそ、何の役にも立てず、いつもおばあちゃんに面倒を見て頂いて……本当に……」


 ……すいません。


 時が違えば、彼女を含めて談笑できていたのだろう。偶然の不運が重なり、彼女の死に立ち会えなかった彼らはきっと、幾ばくかの後悔が押し寄せるに違いない。



 ……こんな別れ方になるなんて思っていなかった。



 声を上げたい、泣き叫んで思いを訴えたい。だがここで何をいおうが、おばあちゃんが亡くなったことは変わらない。彼らを余計に混乱させるだけだ。


「お孫さんと花火に行けることを楽しみにしておられました。口が悪い時もありましたが、きっと息子さん夫婦と一緒にいることに感謝していらっしゃったと思います」


「……そうだったんですね」


 息子さんのお嫁さんが声を上げる。


「私達の間にも少しばかりは確執はありました。それでも……私は本当のお母さんのように思って、通じ合えてきたなと思っていた矢先のことで……」


 彼女達の哀しみが自分の心に響く。突然の別れに対応できる人なんていない。皆、何かしら抱えながら前に進むしかないのだ。



 ここで私がしっかりしなければ、故人だけでなく彼らも道を失うことになってしまう。



「……源さんのお料理、いつも美味しく頂いていました。弟も喜んで、祖母が亡くなってからもお料理を頂き、祖母の味を思い出していました」


 味だけじゃない。おばあちゃんの心配そうに見つめる仕草が私の心を熱く打ってきた。彼女の言葉が、行動が、感情が五感の全てを通して私に教えてくれた。


「本当に……本当に……おばあちゃんは……」


「夏川さん、我慢しなくていいんですよ」


 息子さんが私の顔を見ながらゆっくりと告げる。


「私達だって悲しいんです。それでも、あなたが気丈に思いを語ってくれるから、強くありたいと思います。それでも……我慢をする必要は……」


 唇を噛み締めても涙が頬を伝う。悲しみだけでなく、全ての感情が溢れてきてしまう。


 彼女と共に築いてきた喜怒哀楽が、命のぬくもりが私の中から思い出と共に蘇っていく。


「いえ……悲しいのではないのです……」


 袖で涙を拭い、顎を引く。


「天からお釈迦様が見ておられます。この世での別れは辛いことだけではありません。故人の死を、あの世への旅路を導くのが私の仕事です。だから悲しいわけでは……」



 ……泣きたいけど、今は意地を張らなければならない。



 正座していても震える両足を抑える。祖母が泣いている姿は見たことがないからだ。彼女は全てを安らかな笑顔で見届けてきていた。きっと辛い時もあっただろう、ここは堪えなければならない。



「どうぞ、笑顔で迎えられるように明日へ備えましょう。清閑寺の教えは、前に進むために御座いますから」



 ……これが私が選んだ道だ。



 両手をぎゅっと強く握る。望むように生きた彼女の死を惜しむことはあっても、悲しんではいけない。


「……立派になられましたね、菜月さん。おばあ様にそっくりだ」


 息子さんが顔をくしゃくしゃにしながらいう。


「あなたがそういうのなら、我々だって泣くわけにはいかないですよ。泣いたら、母が道に迷ってしまうのでしょう?」


「……そうです。私達ができることは、ただ安らかな心で故人を慈しむこと。何ができるのかを考えていきましょう。明日またよろしくお願い致しますね」



 ……これでいいんだよね? おばあちゃん。



 彼らを送り、心の中で祖母に問う。幾重の別れを経験した彼女に尋ねたい。どうして住職という道を選んだのかをきちんと尋ねたかった。


「お疲れ様でした、夏川さん」


 春田さんが再びおしぼりを持って訪ねてくれる。


「あ……すいません、入ってよかったですか?」


「え、ええ。どうかされました?」


「目が真っ赤ですよ」


 鏡を見ると、腫れているようだった。これでは我慢をするなといわれても仕方がない。


「すいません、涙を堪えすぎて……きっと腫れあがってしまったんですね」


「それだけの繋がりだったということですよ。夏川さんにとって大事な人だったということです」


 涼し気な顔で私の表情を見る。何だか全てを見透かされそうで怖い。


「……すいません、一度顔を洗ってきますね」


 洗面所へ向かうと、台所からいい匂いがした。どうやらお母さんが帰ってきているようだ。離れにある家に向かうと、そこにはお惣菜とお弁当が並んでいた。


「菜月、お勤めご苦労様でした」


「お母さんこそ。暑かったでしょう。それなのに何を作ってるの?」


「ぜんざい。源さんにお供えしようと思って」


 冷蔵庫から水を汲み、一口入れる。お弁当の数からいって今日は晩御飯を作らなくていいのだろう。


「ねえ、お母さん。ちょっとわがままいってもいい?」


「うん? どうしたの?」


「今日、外でご飯食べてきてもいい?」


「いいわよ、それくらい。誰と行くの?」


「……ちょっとね」

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