第二章 一蓮託唱 PART9

  9.


 位牌を備え故人へ一礼する。


 弔い客に再び一礼し、曲録きょくろくへと腰を降ろす。


 目を閉じると、再び故人への思いが溢れそうだ。経机きょうづくえの向かいに鎮座される棺を眺め、彼女へと思いを告げる。


 今からここは彼女のためだけの儀式へと変わる。この世からあの世へ向かう境界線の狭間で、私は可能な限り、彼女の魂を導かねばならない。



 ……おばあちゃん、泣き言ばかりいってごめんね。



 目の前の故人と亡き祖母に思いを重ねる。私は今まで逃げていた、嫌なことから目を背けて逃げ続けてきていた。



 でも、今日こそは変わりたい。2人のおばあちゃんのためにも――。




「それでは故・源恵美みなもと めぐみ様の通夜式を始めさせて頂きます」



 チリーン チリーン



 りんを鳴らしながら、本堂にいる全ての人に思いを届けていく。


 熱く湿った夏の風に思いを寄せながら、故人へ、天界へと言葉を紡いでいく。



 ……やっぱり慕われていたんだね、おばあちゃん。



 近くからいらした弔い客が皆、座ることをせずに立ち竦んでいる。突然の死でも、近所の方と交流が盛んだったから、彼女の具合を知っていたかもしれない。



 ……もう、今年の秋にはおばあちゃんのおでんを食べられないんだね。



 彼女が作ってくれた秋の料理を思い出す。近くのスーパーで買ってきたものではなく、業務用のような大きい蛸に、牛すじ、厚切りの大根、小皿いっぱいに埋まってしまう厚揚げ……。


 どれもが規格外で食べることに奮闘しなければならないくらい、大きかった。それでも家族皆が好きだったのは、おばあちゃんの愛情がこもっていたからだ。



 ……もう、あなたの料理は食べられない。



 冬のぜんざいに、春の筍料理、夏の素麺、彼女が作ってくれたものを思い出しながらも、空へと消えていく。


 もちろん料理だけじゃない。それでも、きっとこの思いが浮かんでくるのは、おばあちゃんの笑い声にはいつも料理の話がついてきたからだ。


 今日は何をしようか、いつも頭を悩ませるおばあちゃん。旦那さんを失っても、頑なに家に残ろうとしたおばあちゃん。旦那さんの遺影写真に笑顔を向けていたおばあちゃん。



 ……やっぱり。やっぱり寂しいよ、おばあちゃん。



 今、私ができることは彼女を見送ること。それでもこの先の未来を想像してしまう、おばあちゃんのいない未来に私はまた一つ不安を覚える。



 ……悲しくないわけがない、皆、にここに来ているのだから。



 自分が一人だという考えはもう、止めよう。住職だって一人の人間なのだ、彼らと共に純粋に死者を弔おう。



 木魚のリズムが、自分の鼓動とリンクしていく。心臓の鐘が熱く震え、夏の暑い風が一体に吹き荒れる。



 ……私はずっと、覚えているからね。



 2人の祖母に対して、思いを誓う。私はもう過去には縛られない、だから未来にも絶望しない。今できることに尽くし、これからもこの姿を続けていきたい。



 ……だから、ずっと見守っていてね。



 再び負けそうになることもあるだろう。現実は無常で、この世は虚ろだからだ。それでも希望の灯りを消さずに唱え続けることが私の役目、私のお務めだ。



 あなたが生きた証は私の中で眠っている。この思いだけは必ず残していくから――。



 ……おばあちゃん、今までありがとう。



 明日もまた唱えに来ます。だからまだ、さよならはいわないよ。



 手を合わせ一礼すると、風が再び吹いた。


 故人を包んだ向日葵が微かに揺れたが、再びまた凛とした姿を保ちながら燦々と輝き始めた。


 

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