第二章 一蓮託唱 PART3
3.
家に帰り着くと、しんちゃんが玄関で待っていた。
「ただいま、しんちゃん。ごめんね、すぐに用意するからね」
「うん、お帰り。お腹空いたー」
あらかじめ準備しておいたものを炒め上げていく。刻んだ野菜の上に解凍したお肉を混ぜ合わせ仕上げに胡椒を振る。皿に盛る頃には、しんちゃんは我慢できないのか、自分でご飯を注ぎ出し始めた。
「お母さんから電話あった?」
「うん、遅くなるから先に食べてていいってさー」
「そっか。しんちゃん、先に食べてていいよ。お姉ちゃん、おじいちゃんと食べるから」
「やった、いただきます」
弟が力一杯に口に放り込む姿を見て安堵する。長い夏休みで体調不良に見舞われることもあったが、どうやら元気を取り戻したみたいだ。
「今日は何かいいことあった?」
「うん、けんちゃんといっぱい勝負できたよ」
そういってしんちゃんはカードゲームの話を夢中でする。中学生に入ったといってもまだ子供だ。同学年で流行っているものに力を注ぎ込み、寝る前にもデッキを確認しては一人作戦を練っている。
……まだ先のことなんて考えられないだろうな。
弟の満足そうな顔を見ては微笑む。きっとこの子にとっては5年先のことなど、一生訪れることがないくらいの先のことなのだろう。
将来の夢は、未だ夢の中で眠っている。
……私も一緒だったもんなぁ。
祖父のおつまみを作りながら回想する。大学受験を控えた年に祖母が亡くなり、自分の一生を決めるターニングポイントが訪れた。
あの頃は漠然と祖母のようになれたらいい、と思っていた。だがそれは現実感の伴わない
――なつ、将来の夢はなんだい?
おばあちゃんの言葉がこだまする。祖母は何でもいいといっていた、真剣に慣れるものがあれば一つでいい、それだけでいい、と。
今でもこの選択が正しいのか、わからない。
「お、ナツ、帰っていたか。お帰り」
「ただいま、おじいちゃん」
おじいちゃんの分を用意してテーブルに座り手を合わせる。祖父はビールを少しだけ注ぐと、それを一気に煽った。
「ふー、今日も暑かったな。順調に回れたか?」
「今の所はね。明日はそのままで大丈夫そう?」
「ああ、そのことなんだが……」
祖父は決まりが悪そうに頷くだけに留まった。きっと弟の前で話すのを躊躇っているのだろう。
「しんちゃん、ご飯食べたらお風呂入ってね。お姉ちゃんもすぐに入るから」
「んー、わかったぁ」
しんちゃんは曖昧に頷きながらお茶碗を片付け、とぼとぼと歩いていく。できれば先に入りたかったが、祖父の表情が気に掛かる。
黙って食べていると、威勢のいい花火の音が唸った。立て続けに増えていき、辺りから歓声がちらほら聞こえていく。
「今年も花火、凄い量だね。毎年増え続けているみたいだけど、大丈夫なのかな?」
「ああ、集客数が年々増えているみたいだから、物足りないんだろうよ。きちんと届けも出しているみたいだから、大丈夫だ」
祖父はそういっておつまみに手を出した。役所に勤めていただけに、管理する側の心情が理解できるのだろう。
「再来週は墨田区だからな、張り合いがないとそっちに持っていかれるんだろう」
「そうそう。今日ね、源のおばあちゃんも花火に行くっていってたよ。おばあちゃん、もうすっかり元気になっていてね、おじいちゃんのことを笑顔で話していたよ」
「そうか……」
祖父はそういって少しだけ声を顰めた。
「どうしたの? 何かあった?」
「ああ、それがな。今日、源さんの所から電話があったんだ」
「……うん、それで?」
祖父の手に力が篭もる。汗を掻いた体が急速に冷えていくのを感じる。
「……実はな。源の奥さん、さきほどお亡くなりになったらしい」
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