第一章 桜花乱満 PART14
14.
棺がエレベーターに乗り込むと、位牌と写真を持った幹部と京子さんがそのまま自動的に降りていく。出棺車に棺が載ると、運転手は最後の咆哮を鳴らすようにクラックションを叩いた。
「それでは皆さん、バスにお乗りください。今から町屋斎場へと向かいます。そちらの火葬場までお越し下さいませ」
弔い客までが火葬場に向かうと、先ほどまで賑やかだったホールは静まり返っていた。
「……社長、すいませんでした」
袴を着たまま頭を下げる。社長のいう通りにしておけば、俺は来月から正社員として働けていた。だがそれを止めて貰うつもりはない。
もう一つ、頼まなければいけないことがあるからだ。
「僕も……一緒に行かせて貰えませんか? 自分がやったことはわかっているつもりです。けじめをつける覚悟もあります。それでも僕は……」
「中途半端なことはできないんだろう?」
社長は微笑みながら親指で社用車を指した。
「わかってるよ、春田君。だけどその恰好では駄目だな。葬儀屋がそんな目立つ格好をしていたら、笑われるよ?」
そういいながら彼が手に持っていたのは黒のネクタイだった。
……一体、何本持ってるんですか。
心の中で突っ込みながらも、やはりこの社長のことが好きだと自覚する。きっと自分のこと以上に、俺のことを考えてくれているのだろう。
「話は車の中で聞こう。僕のスーツを貸してあげるよ。急がないと、本当に間に合わなくなってしまう」
……ああ、ここで働きたかったなぁ。
社長の運転に揺られながら袴を脱ぎ、ホールを後にしていく。初めは葬儀屋なんてと思っていたが、これ以上の天職はないのではないかとさえ感じる。
不謹慎かもしれないが、楽しいのだ。
人との出会いと別れが、この空間には凝縮されている。葬儀場に魅了された以上、俺はきっと再び葬儀屋を探すことになるだろう。これ以上の職場はないかもしれないが、きっとそこでも働いていける気がする。
「春田君、着替えながら聞いて欲しいことがある。会長から頼まれた件についてだ」
……やはり、解雇宣告か。
口を閉じて頷く。働く前に首になるなんて、これ以上の失態はないだろう。だがここで動かなかったらきっと、俺は再び後悔していたに違いない。
「……大丈夫です。覚悟はできてます」
「そうか……でも、その前に一つだけ話をさせて貰おう」
社長は眉間に皺を寄せながら告げる。
「実はね、うちの会長と故人様は元々、義理の兄弟なんだ。それでうちの葬儀場を貸すことになってね。組の引き継ぎも、本当は会長が決めることになっていたんだ」
……え? そっちの話?
自分のことではなく、故人の話に戻ることに違和感を覚える。
「会長はああ見えて、寝たきりなんだよ。今日だって火葬場に行けないくらい体力が落ちている。それでも君の熱意に打たれて降りてきたらしい」
……なるほど、それで最後だけ顔合わせに来たのか。
一つの疑問が解決する。確かに姿勢はよかったが、杖だけは震えていた。あれは哀しみからきているものだと、勝手に解釈していた。
「すいません、降りてきたというのは?」
「四階の一室はお坊さんだけど、そこは会長のアパートでもあるんだ。監視カメラで君のことを全て、眺めていたらしい」
……ああ、これで言い逃れもできないわけか。
観念し首を緩ませる。いうつもりもなかったが、何もいわずに辞められるのなら、それはそれでいい。社長と悲しい話題をするのは辛いだけだ。
「そんな会長から伝言だ。すまないが……来月からではなく、今日から働いて欲しいといっている」
「え……それは……」
驚きながら社長を見ると、彼はまた運転中にも関わらず両手を合わせて頭を下げた。
「本当に申し訳ない、来月まで休みだといっていたけど……組の方にはいっちゃったからね。だからもう君をフリーにしておくわけにはいかないんだ」
目から熱い涙が流れていく。この気持ちを表せる言葉を持ち合わせておらず、ただ涙だけが零れていく。
「え? ごめんね? そんな泣くなんて、困ったなぁ。どこか旅行にでも行くつもりだったの?」
「……いえ、嬉しいんです……俺はもう、社長とは働くことができないと思っていましたから……」
3年間、泣き続けてきて涙は枯れたと思っていた。
だがそれでも、俺の体には未だ残っていたようだ、体の芯から熱くなる液体が。
「何をいってるの。君こそ覚悟しておいた方がいい、今はまだ研修だからね、これからたくさんしごいていくからね」
「……ええ、お願いします」
涙を拭いながら述べていく。
「……今度は本当に泣かせるくらい、僕を鍛えて下さい」
「ああ、骨抜きになるくらいにはしてあげるさ」
そういって社長は明るく笑った。
……どうして、こんなに昨日出会ったばかりの他人に優しくできるのだろう。
「どうして……そんなに僕に優しくしてくれるんですか?」
溢れた思いが止まらずに述べていく。
「どうしてって?」
「社長は……優し過ぎるんです。僕の事情を話しても、一切何も聞いてこないですし、それ以上に受け止めてくれるじゃないですか」
社長の場合、器が大きいといっても度を越している。過去に何かあったからこそだと、いわしめるものがある。
「実は……僕にもさ……」
そういって社長は遠くを見つめるように目を細める。
「僕にも?」
「兄弟がいてね……田舎で暮らしているんだけど、元気にしているかなぁ」
「生きてるんかいっ!」
突っ込むと、社長は大げさに微笑んだ。
「ああ、生きてる。ビンビンだよっ。毎日オナニーしてるくらいには元気なんじゃないかな」
「そんな猿みたいな弟がいることは知らなかったですけど……社長は人がよすぎますよ。甘え過ぎてしまいそうで怖いです」
「まあ、僕の話は後にしよう。ここからが本当の正念場だ、規定の時間は当に過ぎているからね。最悪の可能性まで残っている」
社長の車が町屋斎場へと入っていく。中央に車を止めると、それと同時に出棺車とバスが到着した。
「最悪の可能性というのはどういうことですか?」
「運が悪ければ、骨が残らない可能性があるんだ。時間が押しているからね」
車から降りると、社長は真剣な表情で霊柩車に向かっていく。
「火葬にも人の技術を要するんだ。後はもう、火葬場の職員さんに賭けるしかない」
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