第一章 桜花乱満 PART12
12.
会場がざわめく。先ほどまで静寂に包まれていたホールがどよめき震撼していく。
「そんなこと、皆、わかってますよ。奥さんの子供なんでしょう?」
……やべ、素で間違えた。
母親が余所で作った子供だという設定を忘れ、叫んでいた。今、ここに自分用の棺があれば潜りたい気分だ。
「すいません。それも違うのです。僕はお二人に何の関係もないのです。昨日ここに研修として入った春田俊介といいます」
「じゃあ、なんでお前が親方の袴を着ているんだよ?」
野次が飛びながらも、組の者は眉間に皺を寄せている。それはそうだろう、完全に他人である俺がこんな所にいていいはずがない。
「それは……」
ここで京子さんのせいにしたら、騒ぎはもうおさまらないだろう。ここは正直に伝えて謝るべきだ。だがそれこそ、10分で解決する道のりはない。
火葬場は待ってくれないのだ。
「ある方に頼まれて、代理としてこちらに来させて頂きました」
「だから誰だよ」
「……故人様です。橘薫様から命を受けてここに立ち会わせて頂きました」
……また嘘をついてしまった。
厳粛な場といいながらも、再び嘘を重ねる。誰かを犠牲にしなければ、ここでの発言権は生まれない。
「故人様には常日頃から悩みがありました。それは組の存在をどうするかということです。自分の代で終わらせる、それを口にしておりながらも、結局実行に移すことはできませんでした」
再び静寂が訪れる。ようやくいいたいことがいえそうだ。
「故人様から受けた命は組を解散させて欲しい、ということでした。跡継ぎがいないからです。大きくなり過ぎたこの組を終わらせるには自分の命までと考えていたのです。昨日の騒ぎを見て、故人の妻・京子さんもその方針でいこうと了承を得ています」
社長の顔と志木さんの顔が引き攣り、夏川さんの目が一段と大きくなる。秋尾さんと宇藤さんも口を開けたまま立ち竦んでいる。
……わかっている、もう戻れない所まで来ていることは――。
告別式を無事に終了しているのに、この場で問題発言を繰り返している俺がどうしようもない馬鹿だということはわかっている。
下手を打っても、うまくいっても首だ。現状も理解している、それでも伝えなければならないことがある。
あの時のような後悔は二度としたくないし、させたくないからだ!
「僕には大切な兄がいました、でも……僕は……その兄の死を認められずに、彼の葬儀から逃げたんですっ。通夜も告別式も、何もかもから逃げました。怖かったんです、頼りにしていた兄が、何もいわずに、ある日消えたことが……」
嗚咽を繰り返しながらも、再びあの悪夢が蘇る。兄貴のことが好きだったのに、何も理解できてなかった。自殺をするほど悩んでいたのに、俺は就活が忙しいと兄貴に八つ当たりをしていたのだ。
兄貴の葬儀はもちろん一度しかない、この現実でやり直す方法はないのだ。
「だからこそ、いわせて下さい。あなたたちが羨ましい。きちんとお別れができているのだから、故人の死を残念に思うことはあっても、後悔はしないでしょう。ここに立ち会えていることがどんなに大切なことか、わかっていますか?」
あの日から俺の後悔は始まった。何をしていても、逃げ出した自分から逃れられず、彷徨う兄貴の亡霊に、臆病であり続けた。
「お前にいわれなくてもわかってるよっ」
一人の男が叫びながら皆、それに賛同する。
「俺たちは皆、親方がいたからここまで生きてこれた、親方を慕っていたからここにいるんだよっ」
「わかってないですよっ! 薫さんの思いを受け継いでいるのなら、喧嘩なんかしている暇はないでしょうっ!」
大声で叫び、思いの丈を述べていく。
「今、一番必要なことは生きている者達で組の存在をどうするかでしょう? 故人の思いを受け継ぐつもりがあるのなら、これからのことを考えるべきです。なのに席順なんて、誰が一番近い位置にいたかなんて、関係ないでしょうよっ!」
「俺達だって、それくらいわかってるよっ!!」
袴の襟を直してくれた男が声を上げる。
「だけど、どうしようもないんだ。親方は優秀過ぎたんだよ。跡継ぎになれるのなら、俺だってなりたかったさっ!」
「それなら……」
「すいませんな。ちょっと入らせて頂きますよ」
エレベーターのドアが突然開く。そこに立っていたのは喪服に身を包んだご老体だった。
「懐かしい写真じゃな……。この頃は、一緒によく熱く夜中まで語り合ったものじゃのう、薫さん」
……誰だろう。
遺影写真を見ながらおじいさんは頷いている。年の割には背筋がしっかり伸びており貫禄もある。他の組の会長さんだろうか。
社長が彼の顔を見て一気に青ざめていく。よほど有名な人物に違いない。
「本日は、こちらで告別式をして頂き誠にありがとうございます。実は前々から相談を受けていたのですが……ほっほ、こんな日が本当に訪れるとは思っていませんでしたよ」
「お前は誰だよ、おらっ!」
組の若い者が声を上げると、おじいさんは笑いながら頭を下げた。
「これは、これは失礼しました。こちらの葬儀場を管理させて頂いている会長の
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