第一章 桜花乱満 PART11

  11.


「申し訳ございませんでした。まさか親方の御子息だったなんて……失礼致しました」


「いえ、そんな……」


「あ、今度は襟元が曲がっておりますよ。直ちに修正させて頂きます」



 ……くそ、ほんと馬鹿なこといっちゃったなぁ。



 再び彼に衣服を直されながら親族席に向かう。その横には一夜を共にした京子さんが背筋を正して座っている。


「……この恰好、落ち着かないですね」


「ごめんね。でも今日だけだから、しばらく辛抱してね」



 ……ちょ、近いです。京子さん。


 

 京子さんは優しく寄り添うように近づいてくる。彼女が近づくたびに心が動揺する、親子というよりは若いツバメと見えるのではないかと危惧してしまうのだ。


「俊介さん、どのタイミングでいうおつもりなんですか?」


「そうですね。一応、お坊さんの読経が終わってから、予定しております」


 俺は今、開式前のホールにいる。昨日の安物のリクルートスーツとは違って、親方のものをお借りして立派な袴を着ているのだ。


 ちょうど丈が合うのは、どうやら京子さんいわく故人と昔の体つきが似ていたらしい。


「お経が終わると、花もぎという告別式に入るそうです。その後、祭壇の花を入れながら親族代表の挨拶が予定されています」


「じゃあ、その時に……」


「そうですね、10分ほどの時間しかありませんが、発言してみるつもりです」



 ……とりあえず機会は作ったが、何を話すのかはまだ決まってない。



 何度も意識を集中するが、具体的なことは未だ決まってない。昨日の夜、社長にはすでに連絡を入れて相談してあるが、時間を延ばすのは10分ほどが限界だそうだ。


 それは火葬場の時間が事前に予約されてあるためだ。



「それでは今から葬儀式を始めさせて頂きます。導師、ご入場です」



 昨日と同じ派遣さんの一声で、夏川さんが麗しい姿で入場していく。昨日願った特等席は適ったが、あいにく悠長に楽しんでいる暇はない。



 チリーン、チリーン。



 夏川さんの声を聴きながらスピーチを纏めていく。自分が故人の息子であることを証明することから始まり、彼の意思に沿って解散を仄めかし、皆の意見を訊くこと。この10分で終わることはないだろう。


 だけど、ここで話をしなければ何も始まらない。


「ここからはご焼香のお時間となります。各席にいらっしゃる方から順にお進みください」


 粛々と式が進んでいく。故人へ近づき、ひとつまみだけ香を炊く。



 ……本当に終わってしまっていいんですか? 薫さん。



 故人を思いながら手を合わせる。老衰とはいえ、後を任せる者がおらず心残りだっただろう。自分が彼の立場ならどうするか、その一点に集中していく。


 一回り参列者が回り終えると、夏川さんの読経が鐘の音と共に終了した。彼女は再び一礼して、席を離れていく。



「最後に故人様とお別れの儀・花もぎがございます。参列者の方は申し訳ございませんが、いったん席を離れお待ち下さい」



 昨日施工に来た秋尾さんと宇藤さんがスーツ姿でホールに入場してくる。お盆と出棺束を抱えながら、躊躇なく祭壇の花をもいでいく。



 ……ああ、勿体ないな。



 心の中で小さく呟く。綺麗に描いていた山と川が無残にも消えていき、挿してあった桜の枝も花のみの姿に替わっていく。いくら故人のために作ったとはいえ、一日しかもたなかったのは余りにも惜しい。


 秋尾さんは頭だけになった菊をお盆に集めると、色花に取り掛かった。どうやら棺の中に入れる順番があるらしい。


「お待たせしました。それではお別れの儀を始めさせて頂きます」


 社長を始めスタッフの方から花を頂く。立場が逆転しているにも関わらず、秋尾さん達は冷静に俺のことを弔い客として扱っている。



 ……訳を訊かずとも、己のを全うできるんだな。



 二人の職人としての誇りに胸が熱くなる。彼らに礼をいいながら菊の頭を故人のお棺へ入れていく。その後、色花であるスイートピー、菜の花、チューリップなど春の花が納まっていく。


「こちらが最後のお花になります。お近い方からお取り下さいませ。どうぞ顔元に近い所にお手向け下さい」


 スポットライトを浴びて弱々しくも光る桜の花を眺める。思えば、故人の葬儀に立ち合いながら印象的だったのは全てだった。


 桜紋に始まり、棺、祭壇、お花見の写真、そして夜桜に『桜花乱満』の文字。わざわざ造語を作っているくらいだ、何か思い入れがあったのだろう。



「……ねえ、お母さん。桜が好きだったの?」



 小声で訊くと、京子さんはしっかりと頷いた。



「……そうよ。お父さんは桜が好きでね。最後まで桜を眺めながら亡くなっていったわ……」



 彼女の視線に思わず目が緩む。きっと二人だけの思い出が蘇っているのだろう。



「では、お名残も尽きぬことと存じますが、棺の蓋を閉めさせて頂きます。後方から蓋が参りますので、皆さん、お手ぞいをお願いします」



 社長と秋尾さんが棺の蓋を掴みながらゆっくりと近づいてくる。組の者を始め、数多くの人の片手が棺の蓋に集まる。


「それではゆっくりと降ろして下さいませ。本日くぎ打ちの儀は致しません。皆さんの手で閉じさせて頂きます」


 蓋が閉まると、共に会場が静まり返った。社長がBGMを消し、マイクを掴んで俺の方に近づいてくる。



 ……ついにこの時が来た。



 震える手でマイクを掴み音を確かめる。いうことは決まっている。後はきちんとした言葉で伝えなければならない。


 一息つき、会場全体を眺めた。たった二日間、ここにいただけなのに、今ではそれすらもひどく懐かしい気分にさせる。



 社長に出会い、研修として故人を迎えに行き、いきなり怖いお方にネクタイを締め上げられた。その後、祭壇設置に来た秋尾さんと宇藤さんに魅せられ、そして美しい祈りを捧げる夏川さんに出会うことができた。他にもたくさんの数多くの人が、たった一人の死のために立ち会っている。



 誰が死んでも、この世界は止まることはない。



 亡くなった人の精神を受け継ぐために、皆、故人を思い、感謝を残し、次の世界へ進んでいく。


 こんな厳粛な場で、嘘を通していいはずがない。




 ……なぁ、そうだろうッ!? 兄貴ッ!!!




「本日は皆さん、故人・橘薫様の告別式に集まり、誠にありがとうございます。無礼を承知で申し上げます。僕は……故人の……薫さんの子供ではありませんッ!!」

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